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会社売却

会社売却と人事戦略。買い手が安心できる「人の整え方」をやさしく解説

会社売却を考え始めたとき、数字の準備と同じくらい気になってくるのが「人」のことではないでしょうか。

「社員にどう伝えるべきか」「キーパーソンが辞めたらどうしよう」「今の待遇やルールで大丈夫なのか」——。こうした不安は、とても自然なものです。実際、会社売却は書類だけで進むものではなく、最終的に会社を動かすのは“人”だからです。

ただ、人事戦略と聞くと、立派な制度を作ったり、難しい仕組みを整えたりするイメージがあるかもしれません。ですが、売却準備の段階で大切なのは、そこまで大げさな話ではありません。まずは、「誰が、何を担っていて、どこが不安になりやすいか」を整理し、買い手が安心できる状態に近づけていくことがポイントになります。

この記事では、会社売却を進める前に押さえておきたい「人事の整え方」を、できるだけわかりやすくまとめます。社員を守りながら、売却の話が止まらないために、今の会社の状況に合わせて何から手をつければよいか、一緒に整理していきましょう。

目次

なぜ会社売却で「人事」が重要になるのか

会社売却というと、どうしても「売上」「利益」「財務」の話が中心になりがちです。もちろん数字は大切です。ただ、それと同じくらい、あるいはそれ以上に売却の話を前に進める力になるのが「人事(人の状態)」です。

ここで言う人事とは、難しい制度づくりのことではありません。もっとシンプルに、「この会社は、社長がいなくなっても人が動いて回るのか」という視点です。買い手はそこをとてもよく見ています。

買い手が見ているのは“利益”だけではない(人が動くかどうか)

買い手にとって、会社を買うことは「過去の利益」を買うことではなく、「これからも利益が出続ける仕組み」を引き継ぐことです。そして、その仕組みを動かすのは、結局のところです。

たとえば、決算書上は利益が出ていても、現場が次のような状態だと、買い手は不安になります。

  • 社長しか分からない仕事が多い(見積もり、重要取引の判断、採用など)
  • 特定の社員に業務が集中している(その人が辞めたら止まる)
  • 人の入れ替わりが多く、現場が落ち着いていない

逆に言えば、数字がそこまで派手でなくても、人が落ち着いていて、役割が見えていて、引き継げる状態であれば、買い手は安心しやすくなります。

つまり人事は、「この会社を買った後にちゃんと回るかどうか」を左右する重要な材料になります。

人の不安は、価格よりも「話が止まる原因」になりやすい

売却交渉が止まる理由は、価格の条件だけとは限りません。むしろ現場では、「人の不安」が原因で話が止まることが起きやすいです。

たとえば、こんな不安が出ると、買い手は慎重になります。

  • キーパーソンが抜ける可能性が高い(「この話を聞いたら辞めそう」など)
  • 待遇やルールがあいまいで、引き継ぎ後にトラブルになりそう
  • 社内が不安定で、買収後の混乱が大きそう

そしてこの種の不安は、買い手にとって「少し値段を下げれば済む」話ではなく、買った後に取り返しがつかないリスクに見えることがあります。

だからこそ、人事の準備は「高く売るため」だけではなく、そもそも売却を成立させるために大切です。言い換えると、人の不安を小さくするほど、交渉は前に進みやすくなるということです。

人事戦略は、立派な制度づくりではなく“引き継げる形”がゴール

「人事戦略」と聞くと、評価制度を作り直したり、給与体系を大きく変えたり、立派な仕組みを整えるようなイメージがあるかもしれません。

でも、会社売却の準備でまず目指したいのは、そこまで大げさなものではありません。大事なのは、“引き継げる形”になっているかどうかです。

たとえば、以下のような状態をイメージすると分かりやすいです。

  • 誰が何をしているかが説明できる(役割が見える)
  • 辞められると困る部分が把握できている(弱点が見えている)
  • 待遇やルールが「なぜそうなっているか」説明できる(後から揉めにくい)

完璧に整っていなくても構いません。大切なのは、現状をきちんと把握し、買い手に説明できる状態に近づけることです。

この章の結論はシンプルです。会社売却では、数字と同じくらい「人が安心して動けるか」が見られます。そして、人事の準備とは、難しい制度を作ることではなく、引き継いでも回る形を整えることです。ここを押さえるだけで、売却の進みやすさは大きく変わってきます。

まず整理したい「人の全体像」(誰が何を担っているか)

会社売却の準備で人事を整えるとき、最初にやっておきたいのは「人の全体像」を把握することです。

ここで言う全体像とは、「社員名簿を作る」ことではありません。もっと実務的に、誰が、どの仕事を、どのくらいの比重で担っているかを見えるようにする、ということです。

この整理ができると、買い手に説明しやすくなるだけでなく、社内としても「どこが危ないか(止まりやすいか)」が早めに見えてきます。逆にここが曖昧だと、話が進むほど「結局、誰が回しているの?」という疑問が大きくなりやすいです。

組織図をきれいにするより、実態に合わせて書き出す

まず大前提として、きれいな組織図を作ることが目的ではありません

中小企業では、肩書きと実態がズレていることがよくあります。たとえば「部長」と書いてあるけれど実際は現場のプレイヤー中心だったり、逆に肩書きは一般職でも、実務の中核を担っていたりします。

だから最初は、見栄えよりも実態に寄せて、ざっくり書き出すのがコツです。

  • 部署・チーム(営業、製造、開発、管理など)
  • 主な役割(誰が何をしているか)
  • サブ担当(代わりができる人がいるか)
  • 外注・パート・業務委託(社外で回している部分)

紙でもスプレッドシートでも構いません。ポイントは、「現場がどう動いているか」を言葉で説明できる形にすることです。

役割があいまいな仕事を見える化する(属人化の入口)

次に注目したいのが、役割があいまいな仕事です。ここは、属人化(特定の人に依存する状態)が生まれやすい入口になります。

たとえば、こんな仕事は「あいまい」になりやすいです。

  • クレーム対応やイレギュラー処理(結局いつも同じ人が対応)
  • 重要なお客様対応(担当は決まっていないが、実質この人)
  • 見積もりの最終調整(決裁なのか作業なのかが曖昧)
  • 在庫・発注・納期調整(誰が責任を持っているか不明)

この状態が続くと、「その人がいるから回っている」だけになり、買い手から見ると不安材料になります。

ここで大切なのは、いきなり改善することではなく、まず見える化することです。

「この仕事、最終的に誰が責任を持っている?」
「その人が休んだら、誰が代わる?」
この2つの質問に答えられない仕事は、整理の優先順位が高いと考えてください。

社長が握っている業務を分解する(判断・交渉・採用・経理など)

最後に、会社売却の準備で必ず触れておきたいのが、社長が握っている業務です。

多くの会社で、社長が中心になっている仕事があります。これは悪いことではありません。ただ、売却を見据えるなら、少なくとも「何を社長がやっているか」を分解して把握しておくことが大切です。

分解の例としては、次のような切り口があります。

  • 判断:値引きの可否、取引条件の最終判断、例外対応の判断
  • 交渉:重要取引先との関係維持、トラブル時の交渉、契約の詰め
  • 採用:採用の方針決め、面接の最終判断、条件交渉
  • 経理・お金:資金繰り判断、借入の交渉、支払いの最終OK
  • 人の管理:評価、給与の決定、配置転換、退職対応

ポイントは、社長の仕事を「全部渡す」かどうかではありません。まずは、社長の仕事の中身を言語化し、どこが社長に依存しているかを見えるようにすることです。

そして可能なら、すぐに移管できない業務でも、「判断の基準」「いつ誰に相談して決めているか」だけでも書き出しておくと、引き継ぎが一気に現実的になります。

この章のゴールはシンプルです。人事の準備は、まず“人の配置図”ではなく、“仕事の回り方”を把握するところから始まります。誰が何を担い、どこが曖昧で、どこが社長に寄っているかが見えるだけで、次に何を整えるべきかが、ぐっと判断しやすくなります。

キーパーソン依存を減らす(いなくなると回らないを作らない)

会社売却の準備で、人の面でいちばん不安になりやすいのが「キーパーソン依存」です。

ここで言うキーパーソンは、役職が高い人とは限りません。営業のエース、現場を回しているリーダー、経理を一人で担っている人、特定の取引先との関係を握っている人など、その人が抜けると会社が止まりやすい人がキーパーソンです。

大切なのは、キーパーソンがいること自体を責めることではありません。中小企業では自然なことです。だからこそ、売却を考えるなら「いなくなると回らない状態」を少しずつ減らすことが、現実的で効果の高い準備になります。

「この人が辞めたら危ない人」を先に特定する

最初にやるべきは、対策ではなく特定です。具体的には、次の問いで洗い出していきます。

  • この人が1か月いなかったら、何が止まる?
  • お客様が「その人じゃないと困る」と言いそうなのは誰?
  • その人しか触れないファイル・情報・権限はある?
  • 社長が「実は任せきれていない」と感じているのはどこ?

ここで重要なのは、「辞めそうな人」を当てることではありません。そうではなく、辞めたときの影響が大きい人を把握することです。

そして、洗い出したら次の2つをセットで書きます。

  • その人が担っている仕事(具体的に)
  • 止まると困る理由(売上・納期・品質・資金など)

この時点で、すでに大きな前進です。なぜなら、問題は見えないと対処できないからです。

引き継ぎを“資料化”する(口頭・勘・経験を減らす)

キーパーソン依存を減らすうえで、もっとも効きやすいのが引き継ぎの資料化です。

といっても、立派なマニュアルを何十ページも作る必要はありません。むしろ、売却準備としては薄くていいので「要点が分かる形」が現実的です。

まずは、以下のような項目を1〜2枚にまとめるところから始めるのがおすすめです。

  • その仕事の目的(何のためにやっているか)
  • 手順(いつ・何を・どう進めるか)
  • 判断ポイント(どこで迷うか/判断基準は何か)
  • よくある例外(トラブル時・例外時にどうするか)
  • 関係者(社内外の連絡先、必要な権限、使うツール)

特に効果が大きいのは、「判断ポイント」と「例外」です。ここが口頭や勘に頼っていると、代わりができません。

逆に言えば、ここが言語化されるだけで、仕事はぐっと引き継ぎやすくなります。資料化の目的は、完璧な説明ではなく、“次の人が迷いにくい状態”を作ることです。

代わりが育つまでの「つなぎ方」を考える(チーム化・副担当)

資料を作っても、すぐに代わりが育つとは限りません。そこで必要になるのが、育つまでの「つなぎ方」です。

ここでのコツは、いきなり担当を丸ごと入れ替えないことです。現場が混乱しやすく、キーパーソンにも負担が集中しやすいからです。

現実的には、次のようなやり方がうまくいきやすいです。

  • 副担当をつける:同じ業務を「見ている人」を作る(最低1人)
  • 部分的に切り出す:全体のうち、手順が決まっている部分から渡す
  • ペアで進める期間を作る:一緒に対応しながら、判断基準を共有する
  • チェックだけ残す:実務は渡し、最終確認だけキーパーソンが行う

大切なのは、完璧な移管ではなく、「1人で抱える状態」から「複数人で見ている状態」に変えることです。これだけで、買い手の安心感も、社内の安定感も大きく変わります。

この章のまとめとして、押さえておきたいのは次の3つです。

  • 危ない人(抜けると止まる人)を先に特定する
  • 引き継ぎは薄くてもよいので資料化する
  • 育つまでのつなぎ方で、依存を少しずつ減らす

キーパーソン依存は、ゼロにしなくても大丈夫です。ですが、「いなくなると回らない」を減らす努力が見えることが、会社売却の準備としてはとても大きな意味を持ちます。

雇用条件・評価・給与を“説明できる状態”に整える

会社売却の準備で、人の全体像やキーパーソンの整理と並んで大切なのが、雇用条件・評価・給与を「説明できる状態」にしておくことです。

ここでのゴールは、制度を立派に作り直すことではありません。もっと現実的に、「なぜこの給与なのか」「なぜこの待遇なのか」を、社内にも買い手にも説明できる状態に近づけることです。

説明ができない状態のままだと、売却の話が進んだ後に「それはどういうルール?」という確認が入り、後から揉めやすい論点になりがちです。逆に言えば、今の形が多少いびつでも、理由と実態が整理されていれば、不安は小さくできます。

給与が決まる理由を言葉にできるか(例外ルールの棚卸し)

まず見直したいのは、給与の決まり方です。特に中小企業では、給与が「年功」や「雰囲気」だけで決まっているわけではなく、実はさまざまな事情で“例外”が積み重なっていることが多いです。

例外とは、たとえばこういうものです。

  • 採用時の交渉で、同じ職種でも給与が高めになっている
  • 業務が増えたが、手当の付け方が人によって違う
  • 家族・親族・古参メンバーだけ、別の決め方になっている
  • 役職は同じなのに、基本給や手当の差が大きい

これ自体が「悪い」という話ではありません。ただ、会社売却を見据えるなら、少なくとも理由を言葉にできるかが大切です。

おすすめは、給与の内訳を見ながら、次のように棚卸しすることです。

  • 基本給:何を基準に決めているか(職種・役割・経験など)
  • 手当:何に対する手当か(役職・資格・現場・営業など)
  • 賞与:何で差がつくのか(評価・業績・固定ルールの有無)

ポイントは、完璧なルールを作ることではなく、「例外があるなら、どの例外で、なぜそうなっているか」を把握することです。これができるだけで、後の説明がぐっと楽になります。

評価が属人的になっていないか(不満が出やすいポイント)

次に見ておきたいのが評価です。評価は、社内の空気に直結するため、売却の場面でも不満や不安が表に出やすいポイントです。

ここで気をつけたいのは、評価制度がないこと自体ではなく、評価が特定の人の感覚だけで決まって見える状態です。たとえば、次のような状態は要注意です。

  • 評価の理由が本人に説明できない(「なんとなく」になっている)
  • 上司によって評価の基準が違う
  • 成果よりも好き嫌いに見える(本人がそう感じやすい)
  • 評価が給与・賞与にどう影響するかが不明確

売却に向けて大切なのは、評価を急に厳密にすることではありません。まずは、評価の根拠を言葉にして残すことです。

たとえば、次のような形で十分です。

  • 役割(期待):その人に何を期待しているか
  • 成果:数字・納期・品質など、分かる範囲の事実
  • 行動:協力姿勢、報連相、育成、改善など

ここが整理されていると、社内も落ち着きやすくなりますし、買い手に対しても「人の扱いが雑ではない会社」という安心感につながります。

未払残業・手当・規程のズレなど、後で揉めやすい所を先に点検する

最後に、少し言いにくいテーマですが、会社売却を考えるなら先に点検しておきたいポイントがあります。それが、未払残業や手当、規程と実態のズレなど、後で揉めやすい領域です。

ここは「今すぐ問題だ」と断定する話ではありません。ただ、見落としたままだと、後から発覚して話が止まったり、追加対応が必要になったりしやすいです。だからこそ、早めに確認しておく価値があります。

点検の観点としては、たとえば次のようなものがあります。

  • 残業代の扱い:固定残業代がある場合、その内容は書面と合っているか
  • 労働時間の管理:勤怠の記録が残っているか(運用が形だけになっていないか)
  • 手当の条件:支給条件があいまいになっていないか(人によって違わないか)
  • 就業規則と実態:規則はあるが、運用が別になっていないか
  • 雇用契約の書面:口約束が多く、契約内容が整理されていない部分はないか

もしズレが見つかった場合も、慌てて大改革をする必要はありません。まずは「現状はこうなっている」を把握し、必要に応じて整える順番を決めることが大切です。

この章の結論はシンプルです。会社売却の準備としては、雇用条件・評価・給与を“正しくする”よりも、“説明できる状態にする”ことが先です。

理由が言える給与根拠が残る評価揉めやすいズレの早期点検。この3つを意識するだけで、人に関する不安はぐっと減らせます。

引き留めたい人がいるなら「残ってもらう設計」を考える

会社売却を考えるとき、「この人には残ってほしい」と思う方がいるのは自然なことです。現場の中心メンバー、取引先との関係を担う人、専門性が高い人など、その人がいることで会社が安定しているケースは多いからです。

ただ、引き留めは気をつけないと、社内の空気を悪くしたり、後で説明が難しくなったりもします。ここで大事なのは、力技で引き止めることではなく、「この会社に残る意味がある」と感じてもらえる設計を考えることです。

お金だけで引き留めない(不安の正体を分けて考える)

引き留めというと、まず「給与を上げよう」「手当を付けよう」と考えがちです。もちろんお金が効く場面もあります。ですが、会社売却の局面では、お金だけで解決しない不安が出やすいです。

たとえば、残るかどうかで揺れる人が抱えやすい不安は、こんなものです。

  • 自分の立場がどうなるのか(評価されるのか、軽く扱われるのか)
  • 仕事のやり方が変わりすぎないか(現場が回らなくなる不安)
  • この先のキャリアが見えない(成長や役割がなくなる不安)
  • 会社の雰囲気が壊れないか(人間関係の不安)

こうした不安に対して、給料だけ上げても「結局、先が見えない」と感じると、気持ちは戻りません。

だからこそ、最初にやりたいのは、引き留めたい相手の不安をひとつにまとめずに分けて考えることです。

「何が不安で、何があれば安心できるのか」
この確認ができるだけで、打ち手は変わります。お金を使う前に、まずここから始めるのが安全です。

退職が続く会社に見えない工夫(役割・裁量・成長の道筋)

引き留めたい人がいるなら、次に考えたいのは「残ってもらいやすい環境」です。ここで大切なのは、特別扱いの約束を増やすことではなく、役割・裁量・成長の道筋を見えるようにすることです。

人が辞めるときは、「待遇」だけでなく、自分の居場所がなくなった感覚が引き金になることがあります。会社売却の話が出ると、特にそうなりやすいです。

そこで、例えば次のような工夫が現実的です。

  • 役割を言葉にする:あなたに期待していること/任せたい範囲をはっきりさせる
  • 裁量の範囲を明確にする:どこまで決めてよいか、判断のラインを決める
  • 成長の道筋を示す:新しい挑戦、育成、改善など「次のテーマ」を用意する

ここでのポイントは、立派な制度を作ることではありません。「あなたの仕事は、ここから先も必要だ」というメッセージを、具体的な形で示すことです。

また、引き留めたい人だけでなく、周りのメンバーにも伝わる形にしておくと、社内全体として「退職が続く会社」に見えにくくなります。雰囲気づくりは、実は大きいです。

買い手にも納得されやすい形にする(無理な約束を増やさない)

ここがとても重要なのですが、会社売却の準備段階で引き留めを考えるときは、買い手にも納得されやすい形にしておく必要があります。

気持ちが焦ると、ついこんな約束をしたくなるかもしれません。

  • 「ずっと給料は上げ続ける」
  • 「ポジションは絶対に変えない」
  • 「働き方は今のまま一切変えない」

ですが、こうした約束は、後から守りきれなくなったり、買い手との方針と合わなかったりして、かえってトラブルの火種になることがあります。

だからこそ、引き留めの工夫は、次のような方向が安全です。

  • 「現時点で伝えられる範囲」にとどめる(確約しすぎない)
  • 条件よりも「役割・期待」を中心にする(筋が通りやすい)
  • 例外を増やしすぎない(他の社員とのバランスが崩れにくい)

もちろん、必要に応じて待遇面の調整をすること自体は否定しません。ただ、会社売却の局面では、無理な約束でつなぐより、納得できる設計で残ってもらうほうが長い目で見て安定します。

この章のまとめです。引き留めたい人がいるなら、まずは不安の正体を分けて捉え役割・裁量・成長の道筋で「残る意味」を作り、そして買い手にも説明できる形に整える。これが、会社売却の準備として現実的で、揉めにくい進め方です。

社員への伝え方をどう考えるか(タイミングと守り方)

会社売却を考え始めると、多くのオーナー社長が悩むのが「社員にいつ、どう伝えるべきか」です。

早く話しすぎると不安が広がり、遅すぎると不信感につながるかもしれない。しかも、会社売却は途中で条件が変わったり、そもそも進まない可能性もあります。だからこそ、伝え方は「正解がひとつ」ではありません。

ただ、共通して意識したいのは、社員にとって会社売却は生活に直結する大きな出来事だという点です。伝え方を間違えると、噂が先に走ったり、動揺が広がったりして、本来守りたかった人ほど不安にさせてしまうことがあります。

この章では、社員を守りながら進めるために、伝え方をどう考えるかを整理します。

最初から全員に話さないのが普通(段階を分ける)

まず知っておいていただきたいのは、会社売却の話は最初から全員に話さないケースが多いということです。

これは「社員を信用していないから」ではありません。理由はシンプルで、初期段階ではまだ不確定な要素が多く、社内に広がるほど不安と混乱が先に増えやすいからです。

そのため、現実的には段階を分ける考え方が合っています。たとえば、イメージとしては次のような段階です。

  • 段階1:社長と限られた関係者(役員・管理部門など)で方針を固める
  • 段階2:必要なキーパーソンに、目的と範囲を決めて伝える
  • 段階3:全社に伝える(伝える内容とタイミングを整えたうえで)

大切なのは、「いつ全員に話すか」よりも、どの段階で何を守りたいかを先に決めておくことです。守りたいのは、売却の話そのものではなく、社員の安心と現場の安定です。

キーパーソンに話す前に準備したいこと(情報の範囲・目的・質問への答え)

キーパーソンに話すタイミングは、とても繊細です。ここで準備なしに話してしまうと、善意であっても情報が広がり、噂が先行しやすくなります。

だからこそ、話す前に最低限の準備をしておくのがおすすめです。準備と言っても難しいことではなく、次の3つを決めるイメージです。

  • 情報の範囲:どこまで話すか(話さないことも含めて決める)
  • 目的:なぜ今伝えるのか(協力してほしいのか、引き継ぎ準備なのか)
  • 質問への答え:聞かれやすいことに、どう答えるか

特に「質問への答え」は重要です。社員が気にするのは、たとえば次のようなことです。

  • 自分の雇用はどうなるのか
  • 給料や働き方は変わるのか
  • 会社はなくなるのか
  • 社長はどうなるのか

このとき、何でも断言する必要はありません。むしろ、確約できないことを軽く約束してしまうほうが危険です。

おすすめは、次のように事実・方針・未確定を分けて話すことです。

  • 事実:今起きていること(検討している、話を進めている等)
  • 方針:守りたいこと(雇用を大切にしたい、現場を守りたい等)
  • 未確定:まだ決まっていないこと(決まり次第共有する等)

この整理があるだけで、話した後のブレが減り、不用意な誤解を防ぎやすくなります。

噂や動揺を防ぐための基本(言い方・言わないこと・一貫性)

会社売却の話は、どうしても噂になりやすいテーマです。だからこそ、伝え方には基本の型があります。ポイントは3つです。

1)言い方:安心の順番を守る

最初に条件や細かい話から入ると、不安が強くなります。まずは、社員がいちばん気にする部分に触れるのが大切です。

  • 「不安にさせたいわけではない」
  • 「現場と雇用を大切にしたい」
  • 「決まっていないことは無理に断言しない」

この順番で話すだけで、受け取られ方が変わります。

2)言わないこと:確約と憶測は増やさない

社員を安心させたい気持ちから、つい強い言い方をしてしまうことがあります。ですが、次の2つは特に注意が必要です。

  • 確約:まだ決まっていないことを「絶対」と言い切る
  • 憶測:買い手や条件について、根拠が弱い話をする

一度でも話がズレると、「前と言っていたことが違う」となり、不安が一気に膨らみます。守れる言葉だけを選ぶのが、結果的に社員を守ります。

3)一貫性:誰が聞いても同じ説明になるようにする

噂が広がる大きな原因は、社内で説明がバラバラになることです。だからこそ、伝える前に「言うこと・言わないこと」を簡単なメモでも良いので揃えておくと安心です。

  • 伝える要点(事実・方針・未確定)を短くまとめる
  • 質問が出たときの答え方を統一する
  • 相談窓口(社長に集めるのか、管理部門も含めるのか)を決める

一貫性があるだけで、社員は「状況は変わるかもしれないけど、会社はちゃんと考えている」と感じやすくなります。

まとめると、社員への伝え方で大切なのは、早いか遅いかではなく、段階を分けて、守れる情報だけを、同じ言葉で伝えることです。これができると、噂や動揺を最小限にしながら、現場を守って進めやすくなります。

買い手から見て安心できる「人事の資料」準備

会社売却の場面で、買い手が「人」の状態を判断するときは、面談の印象だけで決めるわけではありません。最終的には、資料として確認できる情報で安心できるかどうかを見ています。

ここで大切なのは、資料を立派に見せることではなく、必要なものが、必要な形で出せる状態になっていることです。人事の資料が整っていると、買い手側は「この会社は管理ができている」「引き継ぎ後の混乱が少なそう」と感じやすくなります。

逆に、出せない・探せない・説明できないものが多いと、内容そのものよりも「見えない不安」が大きくなりやすいです。だからこそ、早めに準備しておく価値があります。

よく見られる一覧(人数・職種・年齢構成・勤続など)を作る

まず用意しておきたいのは、いわゆる「人の全体像が分かる一覧」です。ここは難しく考えず、買い手が知りたい順に、見やすくまとめれば十分です。

たとえば、次のような項目はよく確認されます。

  • 人数:正社員/契約社員/パート・アルバイト/派遣などの内訳
  • 職種・配置:営業、製造、開発、管理などの人数バランス
  • 年齢構成:年代別の人数(20代〜60代など)
  • 勤続:勤続年数の分布(新しい人が多いのか、定着しているのか)
  • 人件費の全体像:総額のイメージ(必要に応じて)

ポイントは、個人名を出すことではなく、会社としての傾向を説明できる形にすることです。個別の話は後で必要になったときに対応すればよく、まずは全体を見せることで、買い手の疑問が減ります。

また、「なぜその構成になっているか」をひとこと添えられると、安心感が増します。たとえば、「現場はベテラン中心で品質を担保している」「若手採用を増やして定着を強化している」など、事実ベースで十分です。

雇用契約・就業規則・賃金台帳など、出せる形にそろえる

次に重要なのが、雇用に関する“根拠資料”です。買い手が知りたいのは、社員の顔ぶれだけではありません。雇用条件や運用が、書面として整っているかも見られます。

代表的には、次のような資料が対象になります。

  • 雇用契約書(または労働条件通知書):どんな条件で雇っているか
  • 就業規則:ルールがあるか、最新の状態か
  • 賃金台帳:支払い実績として整理されているか
  • 勤怠関連:出勤簿・勤怠システムの記録など(運用が分かるもの)
  • 賞与・手当のルール:ルールがあれば資料、なければ運用メモ

ここでのコツは、「完璧に揃っていること」よりも、出せる形にしておくことです。

たとえば、紙で散らばっているものがあるなら、スキャンして保存先を決めるだけでも前進です。複数の場所に分散しているなら、まずは「どこに何があるか」の一覧を作るだけでも、買い手の印象は変わります。

また、資料を出すときは、最初から全部を開示する必要はありません。ですが、少なくとも「出せる準備がある」ことが重要です。準備ができていると、交渉が進んだときに慌てずに済みます。

トラブルの芽がある場合は、先に“状況説明メモ”を用意しておく

人事の領域には、どうしても「きれいではない部分」が残ることがあります。たとえば、運用がルールとずれている、過去の経緯で例外がある、社内に火種がある、などです。

ここで大事なのは、隠すことではなく、「状況を説明できる形」にしておくことです。買い手がいちばん不安に感じるのは、問題があることよりも、問題が“見えないまま”突然出てくることです。

そこで役に立つのが、状況説明メモです。メモに入れる内容は、難しく考えず、次のような整理で十分です。

  • 何が起きているか(事実)
  • なぜそうなっているか(背景・経緯)
  • 現時点の影響(どれくらいの範囲か)
  • 今どう対応しているか(すでにやっていること)
  • 今後の方針(どう整える予定か/いつまでに)

このメモがあるだけで、買い手側は「この会社は状況を把握している」「対処する姿勢がある」と受け取りやすくなります。逆に、説明が場当たり的だと、内容以上に不安が膨らみます。

まとめると、人事の資料準備のポイントは3つです。

  • 全体像が分かる一覧を用意する(まずは傾向が見える形で)
  • 雇用の根拠資料を出せる形にそろえる(探さなくて済む状態へ)
  • 火種があるなら、先に説明メモを用意する(突然出さない)

資料は「相手を納得させるため」だけではなく、売り手側が落ち着いて進めるための道具でもあります。必要なものを整えておくことで、会社売却の場面でも人の不安を増やさずに進めやすくなります。

この時点で「ひとまずOK」と言える人事戦略の着地点

人事の準備は、やり始めると「まだ足りない」「もっと整えないと」と不安になりやすい分野です。ですが、会社売却の準備として大切なのは、完璧を目指して止まることではなく、必要な説明ができて、次に進める状態にすることです。

ここでは、「この時点でひとまずOK」と言える人事戦略の着地点を、わかりやすく整理します。判断の軸はシンプルで、買い手が安心できる説明ができるか、そして社内が崩れない準備ができているかです。

人の全体像とリスクを説明できる(買い手目線で)

まずひとつ目の着地点は、人の全体像とリスクを、買い手目線で説明できる状態です。

ここで求められるのは、格好いい言い方ではありません。むしろ、事実を落ち着いて説明できることが重要です。

たとえば、次のような説明ができれば十分に「ひとまずOK」に近いです。

  • どんな職種が、何人くらいいるか(偏りがあれば理由も)
  • 現場の中心は誰か(キーパーソンの存在も含めて)
  • 懸念がある点はどこか(離職リスク、採用難、属人化など)
  • 今どうなっているか(現状の運用、安定度合い)

ポイントは、リスクをゼロにすることではなく、リスクを把握していることです。買い手は「問題がある会社は買わない」というより、問題が見えていて対処できる会社なら安心しやすい、という面があります。

だから、言いにくい点があったとしても、隠さずに“説明できる形”にしておくことが、人事戦略の着地点として大事になります。

キーパーソン依存の減らし方に、現実的な道筋がある

二つ目の着地点は、キーパーソン依存について、現実的な道筋がある状態です。

ここでも大切なのは、今すぐ完全に解消していることではありません。中小企業で、キーパーソン依存がゼロという会社は多くありません。

「ひとまずOK」と言えるのは、たとえば次のような状態です。

  • 誰がキーパーソンかを説明できる(仕事の中身も含めて)
  • 引き継ぎの資料がある(薄くても要点がまとまっている)
  • 副担当やチーム化など、依存を減らす動きが始まっている
  • いつまでに何を進めるかの簡単な計画がある

買い手にとって安心なのは、「依存がない」ことよりも、依存を減らすために、会社が動ける状態にあることです。

ですので、もし現時点で依存が残っていても、どう減らすかの道筋があり、実際に動き始めているなら、人事戦略としては十分に前に進めます。

社員対応の方針が決まっている(焦って話さないための基準)

三つ目の着地点は、社員への伝え方について、方針が決まっている状態です。

ここが曖昧なままだと、何かのきっかけで焦って話してしまったり、話した後に説明がブレたりして、不安や噂が広がりやすくなります

逆に、方針が決まっているだけで、落ち着いて進められます。具体的には、次のような基準がある状態を目指すと良いです。

  • 誰に、いつ、どこまで話すか(段階のイメージがある)
  • 何を守りたいか(雇用、現場、取引、生活など)
  • よく聞かれる質問への答え方(事実・方針・未確定を分ける)
  • 社内の窓口(誰が説明し、誰に集約するか)

ここで大切なのは、未来を断言することではありません。むしろ、断言しない方針があることが、結果的に社員を守ります。

「決まっていないことは決まっていないと伝える」
「守れる言葉だけを使う」
こうした姿勢が一貫していると、社員は不安があっても、会社に対する信頼を失いにくくなります。

まとめると、人事戦略の「ひとまずOK」の着地点は、次の3つがそろっている状態です。

  • 人の全体像とリスクが説明できる(買い手目線で)
  • キーパーソン依存を減らす道筋がある(現実的で、動き始めている)
  • 社員対応の方針が決まっている(焦って話さないための基準がある)

完璧である必要はありません。大切なのは、説明できる・動ける・守れる状態になっていることです。ここまで整っていれば、人事の面でも「次に進める準備ができた」と言えるはずです。

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