会社売却を考え始めたとき、多くのオーナー社長様が最初に気になるのが「結局、いくらで売れるのか」という点だと思います。
そして次に出てくる不安が、「最初は高い話だったのに、途中で価格が下がることがあるって本当?」というものです。
実際、売却の進め方や会社の状態によっては、提示額が途中で見直されるケースがあります。
ただし、これは「買い手が意地悪をしている」という単純な話ではありません。
買い手は、話が進むほど会社の中身を詳しく確認します。その過程で、不安が増えたり、想定と違う点が見つかったりすると、価格に反映されることがあります。
この記事では、会社売却で価格が下がりやすい要因を、できるだけやさしい言葉で整理します。
「どこを見られて下がるのか」「何が不安材料になりやすいのか」を知っておくだけでも、交渉中に必要以上に焦らず進めやすくなります。
なお、本記事の目的は「高く売るテクニック集」ではありません。
売主としてまず押さえておきたいのは、値下げにつながるパターンを先に知り、早めに気づける状態を作ることです。
そのための視点を、順番に見ていきましょう。
まず押さえたい 価格が下がるのはいつ起きるのか
会社売却の価格は、最初から最後までずっと同じ金額で固まるとは限りません。
なぜなら、話が進むほど買い手は「実態をより細かく確認できる」ようになり、見えてくる情報が増えるからです。
ここで大事なのは、「下がる=失敗」ではなく、どのタイミングで、どういう理由で下がりやすいのかを先に知っておくことです。
タイミングが分かっているだけで、必要以上に焦ったり、相手の言いなりになったりしにくくなります。
| 下がりやすいタイミング | 買い手側で起きていること | 売主が受け止めるコツ |
|---|---|---|
| 最初の概算 | 限られた情報で「仮の金額」を置いている | 確定額ではないと理解しておく |
| 確認が進む途中 | 数字や契約、運営の実態を詳しく見ている | 「何が不安で下げたいのか」を言葉にしてもらう |
| 最終交渉 | リスクや条件を詰める中で、責任の取り方が焦点になる | 価格だけでなく条件全体で判断する |
最初の概算から下がる
最初に提示される金額は、買い手が持っている情報が少ない状態での「ざっくりした見立て」であることが多いです。
たとえば、決算書やヒアリング内容など、限られた材料で「このくらいになりそう」という仮置きをします。
この段階で価格が下がるときは、買い手が追加の情報を見て、最初の想定を現実に合わせて修正しているケースがよくあります。
ここで覚えておきたいのは、最初の金額に対して「下がった/騙された」と感じる前に、まず前提条件が何だったのかを確認することです。
買い手の概算は、次のような前提を置いていることがあります。
- 利益が今後も同じ水準で続く
- 主要なお客さまとの取引が安定している
- 大きなトラブルや未処理の問題がない
もし前提が崩れる情報が後から出れば、買い手が金額を見直すのは自然な動きです。
ですので、売主としては「どの前提が変わったのか」を落ち着いて確認することが大切です。
買い手の確認が進む途中で下がる
価格が下がりやすい場面として多いのが、買い手の確認が進む途中です。
この時期は、買い手が「雰囲気」ではなく、実際の運営を具体的な証拠や資料で確かめていきます。
ここで価格が下がる典型は、買い手が不安をお金に換算してしまうケースです。
買い手から見ると、確信が持てない部分があるほど、将来のズレや損失が怖くなります。そうすると、
- 最悪のケースも想定しておきたい
- 想定外が出たときに備えて余裕を見たい
- その分を価格で調整したい
という発想になりやすく、結果として「念のため」の値下げ提案が出てきます。
このタイミングで大事なのは、値下げ提案に対して「嫌だ」と感情で返すことではなく、何が不安で、いくら分の調整なのかを分けて聞くことです。
たとえば、次のように整理してもらうと話が進めやすくなります。
- どの事実が見つかったのか
- それがどんなリスクにつながるのか
- 値下げは一時的な調整なのか、根本的な評価の見直しなのか
「不安だから下げたい」を、そのまま受け取ってしまうと、売主は次に何をすれば良いか分かりません。
不安の正体を言葉にしてもらうことが、交渉のスタートになります。
最終交渉で下がる
最終交渉で価格が下がるのは、数字そのものよりも、条件の詰めが原因になることが多いです。
ここでは「譲渡後にもし問題が出たら、誰がどこまで責任を持つのか」といった、少し現実的な話が増えてきます。
買い手は、譲渡後に困る可能性がある項目について、
- 売主に一定期間の責任を求める
- 条件を軽くする代わりに価格を調整する
- 一部を保留して、状況が確定してから支払う形にしたい
といった形でリスクを抑えようとします。
その結果、「条件をそのままにするなら価格を下げたい」という提案が出ることがあります。
この局面で注意したいのは、価格だけを見ると「下がった」と感じやすい一方で、条件全体で見ると実は安全になっている場合もあることです。
逆に、価格を守るために条件を無理に飲むと、あとでしんどくなることもあります。
だからこそ、最終交渉は「値段を守る」だけではなく、責任の範囲・引き継ぎ・支払いの条件も含めて、全体として納得できる形になっているかを意識することが大切です。
数字が弱いと下がる 利益とお金の見え方で損をする例
会社売却の価格が下がる理由として、とても多いのが「数字の見え方が弱い」ケースです。
ここで言う「弱い」は、単に利益が少ない、という意味だけではありません。
買い手は、売上や利益そのものよりも、この先も同じように稼げるか、そしてお金がちゃんと残る形になっているかを重視します。
そのため、数字に波や読みづらさがあると、「安全に見積もりたい」という気持ちが強まり、価格が守りに入ってしまうことがあります。
利益が安定していない 好不調の波が大きい
利益に大きな波があると、買い手は「今の利益がたまたまではないか」と疑いやすくなります。
とくに、
- 年によって大きく利益が増減する
- 月ごとの波が激しい
- 特定の時期だけ異常に売上が伸びる
といった状態だと、買い手は将来の計画が立てづらくなり、結果として慎重な金額になりやすいです。
ただ、波があること自体は、業種やビジネスモデルによって当たり前の場合もあります。
問題になりやすいのは、波がある理由が説明できないときです。
買い手が知りたいのは、「波がある」ことよりも、
- なぜ波が出るのか(季節性・案件型・単価変動など)
- どこまでが通常の範囲なのか
- 今後、波は小さくなるのか/同じように続くのか
という点です。ここが言葉になっていないと、買い手は一番悪い月・悪い年を基準に考えがちになります。
帳簿上は利益があるのにお金が残らない
「黒字なのに、お金が増えていない」状態は、買い手から見ると不安材料になりやすいです。
買い手は、帳簿の利益だけではなく、最終的に会社にどれだけ現金が残るかを重視します。
このズレが起きる理由は色々ありますが、難しい言葉を使わずに言うと、
- 売掛金の回収が遅く、入金が後ろにずれる
- 在庫や仕掛が増えて、お金が寝ている
- 設備投資や外注費が先に出ていく
- 借入返済で毎月の支出が大きい
といった、「利益は出ているのに、現金が出ていく要素が多い」状態です。
ここで買い手が警戒するのは、同じ利益でも会社の体力が弱く見えることです。
買い手としては、「利益が出ているはずなのに、なぜ現金が増えないのか」が説明できないと、見えないリスクを感じやすくなります。
一時的な売上や特別要因に頼っている
数字が良く見えていても、その中身が一度きりの要因に支えられていると、価格が下がりやすくなります。
買い手が見ているのは、今期の利益ではなく、来期以降の再現性です。
たとえば、
- 大きな単発案件が入って一気に利益が出た
- 補助金や助成金などの一時収入が含まれている
- たまたま原価が下がった/為替など外部要因で利益が出た
- 固定費を一時的に削っただけで利益が出た
こういった要因が多いと、買い手は「同じ利益は続かない」と見て、評価を下げやすくなります。
ここで大事なのは、一時要因があることを隠すことではなく、通常の実力がどのくらいかを自分でも把握しておくことです。
買い手は「一時要因がある=ダメ」と決めつけたいわけではなく、土台となる利益がどのくらいかを知りたいだけ、ということも多いです。
借入や返済負担が重く見える
借入が多いと、それだけで必ず価格が下がる、というわけではありません。
ただし、買い手は借入を「金額」だけでなく、返済を続けながら経営が回るかという視点で見ます。
買い手が不安になりやすいのは、次のような状態です。
- 返済額が大きく、毎月の資金繰りに余裕がない
- 利益が減った瞬間に返済が苦しくなりそう
- 短期間で返す借入が多く、資金の出入りが荒い
- 借入の条件が複雑で、引き継ぎ時に揉めそう
この場合、買い手は「借入があるからダメ」ではなく、安全に引き継ぐために余裕を見たいと考えます。
その結果として、価格が調整されることがあります。
売主としては、借入の話が出たときに「借入があるから安くなる」と決めつけるより、買い手が見ている不安点がどこかを押さえる方が大切です。
同じ借入金額でも、返済の形や資金繰りの見え方で受け止められ方が変わるためです。
説明ができないと下がる 買い手が不安になるポイント
会社売却の価格が下がる理由は、数字そのものだけではありません。
同じ売上・同じ利益でも、買い手が「安心できる」と感じる会社は強く見え、逆に「よく分からない」と感じる会社は弱く見えます。
この差を生むのが、説明できるかどうかです。
買い手は、売主を責めたいわけではなく、買収後に困らないために「確認したいこと」を聞いています。
そこで、答えが曖昧だったり、資料がすぐ出てこなかったりすると、買い手の中で不安が増え、その不安が価格の調整につながることがあります。
ここで大切なのは、流暢に説明することではありません。
買い手が安心するのは、根拠があって、筋が通っていて、確認できる状態になっていることです。
数字の根拠を聞かれてもすぐ出せない
買い手がよく聞くのは、「この数字は何でこうなっているのか」という点です。
たとえば、売上が伸びているなら「どのサービスが伸びたのか」、利益が増えているなら「何が効いたのか」を確認します。
ここで、
- 数字の理由を言おうとしても、手元に根拠がない
- 「たぶんこれです」と感覚で答えてしまう
- あとで資料を探すが、なかなか出てこない
こういう状態になると、買い手は「数字が悪い」と判断する前に、数字が信用できないと感じやすくなります。
買い手が欲しいのは、完璧な資料ではなく、説明の裏付けがすぐ確認できる状態です。
だからこそ、質問されたときに「それはこの資料で確認できます」と言えるかどうかで、安心感が大きく変わります。
売上の内訳や利益の理由が言葉になっていない
売上や利益は、数字だけだと「結果」しか見えません。
買い手はその数字を見ながら、「どうやって作った数字なのか」を知りたがります。
ここで弱く見えやすいのが、売主側で次のような整理ができていないケースです。
- 売上が誰から来ているのか(顧客の種類・取引先の層)
- 売上が何で発生しているのか(商品・サービス別)
- 利益が出ている理由は何か(単価・原価・固定費の構造)
社長の中では当たり前すぎて言語化していないことも多いのですが、買い手からすると「当たり前」は分かりません。
そこで説明が曖昧だと、買い手は「この利益は再現できるのか?」という点で不安になり、安全側に価格を寄せる判断をしやすくなります。
逆に言えば、難しい言葉を使わなくても、
- 売上の柱はこれです
- 利益が残る理由はここです
- 伸びた原因はこの取り組みです
と短い言葉で説明できるだけで、買い手の受け止め方は大きく変わります。
資料がバラバラで確認に時間がかかる
買い手は、買収後のリスクを減らすために、色々な資料を確認します。
ここでよく起きるのが、資料が存在していても、
- どこにあるか分からない
- 形式が統一されていない
- 担当者によって持っている情報が違う
- 同じ内容が複数バージョンあり、どれが最新か分からない
といった状態で、確認に時間がかかってしまうケースです。
この「時間がかかる」は、買い手にとっては単なる手間ではありません。
買い手は、資料が揃わないほど「他にも出てこないことがあるのでは」と疑いやすくなります。
そして、その疑いが強まるほど、価格は守りに寄っていきます。
つまり、資料のバラつきは「整理が苦手」という話ではなく、買い手から見ると見えないリスクに映りやすい、ということです。
売主側としては、完璧に整えた資料集を作る必要まではありません。
ただ、少なくとも「どの資料がどこにあるか」「最新はどれか」がすぐ分かる状態にしておくだけでも、買い手の不安は減りやすくなります。
お客さまの偏りがあると下がる 売上の集中と継続性の不安
会社売却の場面で、買い手がとても気にするのが「売上がこの先も続くか」です。
ここでネックになりやすいのが、売上が特定のお客さまや特定のルートに偏っている状態です。
売上が集中していると、今の数字が良くても、買い手からすると一社が動いただけで崩れるように見えます。
その不安が強いほど、買い手は「安全に見積もりたい」と考えやすく、結果として価格が下がる方向に働くことがあります。
大事なのは、「偏りがある=ダメ」と決めつけることではありません。
買い手が知りたいのは、偏りがあっても落ちにくい仕組みがあるのか、そして何か起きたときに立て直せる材料があるのか、という点です。
特定の取引先に売上が寄りすぎている
売上が特定の取引先に寄っている場合、買い手が最初に考えるのは「その取引先が離れたらどうなるか」です。
これは意地悪ではなく、買い手としては買収後の計画を立てるうえで、避けられない確認です。
たとえば、次のようなケースは、買い手の中でリスクとして大きく見られやすいです。
- 売上の大半を1社が占めている
- 上位3社でほとんどの売上が決まっている
- 一社あたりの単価が大きく、代替がききにくい
こうした状態だと、買い手は「その取引先の事情」で売上が落ちるリスクを強く意識します。
結果として、価格を高く評価するより、万が一に備えて低めに見積もる方向になりやすいです。
このとき買い手が見ているのは、集中している事実そのものだけではありません。
次のような点が分からないと、不安が膨らみやすいです。
- その取引先はなぜ続いているのか(選ばれる理由)
- 契約や発注の仕組みはどうなっているのか
- 担当者が変わっても継続する関係なのか
つまり、集中があるときほど、買い手は「関係の強さ」を知りたがります。
契約が弱く、いつ切れてもおかしくない
売上が続くかどうかは、買い手から見ると「気持ち」ではなく、できるだけ根拠が欲しい部分です。
そこで不安になりやすいのが、契約の形が弱いケースです。
たとえば、
- 口約束に近く、書面がない
- 契約書はあるが、更新が短期・自動更新ではない
- 発注が都度で、来月の見込みが読みにくい
- 解約条件がゆるく、相手の都合で止まりやすい
こういった状態だと、買い手は「今の売上は続く」と言われても、確信が持てないことがあります。
確信が持てないと、買い手は次の考え方になりやすいです。
- 売上が減る前提で計算しておこう
- 継続が確認できるまで、上乗せはできない
- リスク分は価格に折り込んでおこう
これが、価格が下がる流れにつながります。
ここで重要なのは、契約が弱いことを責める話ではありません。
現実として、長年の信頼で回っている取引もたくさんあります。
ただ、売却では「信頼がある」だけだと伝わりづらいので、買い手が安心できる材料として、取引の継続性を裏付ける情報が求められやすい、ということです。
紹介や人脈頼みで、再現が難しい
売上の作り方が「紹介」「社長の人脈」に強く依存している場合、買い手は再現性に不安を持ちやすいです。
なぜなら、買収後に社長が現場から離れたり、関係者が変わったりすると、同じように紹介が生まれる保証がないからです。
具体的には、
- 営業活動はほとんどしていない
- 新規は社長の知り合い経由が中心
- 案件の獲得手順が決まっておらず、属人的
こうした状況は、今の社長にとっては「強み」でもあります。
ただ、買い手から見ると「社長がいないと同じように取れない」という意味で、買収後の数字が読みにくい材料になりやすいです。
買い手が知りたいのは、紹介があるかないかよりも、
- 紹介が生まれる理由は何か(サービスの特長・評判・実績)
- 紹介が来たとき、誰がどう対応して受注しているか
- 社長以外でも回る形になっているか
という点です。ここが見えないと、買い手は「紹介が止まる前提」で見積もりやすくなります。
その結果、売上の継続性に不安が残り、価格が抑えられる方向に働くことがあります。
売上の偏りがある状態は、決して珍しくありません。
ただ、買い手は偏りそのものより、偏りがあるときにどれだけ崩れやすいかを見ています。
この章で挙げたようなポイントに当てはまるほど、買い手は慎重になり、価格が下がる提案が出やすくなります。
人に依存していると下がる キーマン問題と引き継ぎ不安
会社売却で価格が下がる要因として、見落とされがちなのが「人への依存」です。
数字が良くても、買い手は「この会社を引き継いだあと、自分たちで同じように回せるか」を必ず考えます。
そのとき、社長や特定の社員がいないと回らない状態だと、買い手は引き継ぎ後に崩れるリスクを強く意識します。
リスクが強く見えるほど、買い手は安全に寄せて考えやすくなり、結果として価格が守りに入りやすいという流れが起きます。
ここで大切なのは、「属人化しているからダメ」という話ではありません。
現実として、オーナー企業では社長が要になっているケースは珍しくありません。
ただ、売却では買い手が「将来の見通し」を持てるように、どこが誰に依存しているのかが見えないと、不安が価格に反映されやすい、ということです。
社長が動かないと回らない
買い手が最も不安になりやすいのが、「社長が抜けた瞬間に売上や現場が止まる」状態です。
たとえば、次のようなケースは、買い手の中でリスクとして大きく見られやすいです。
- 重要なお客さま対応は社長しかできない
- 見積もりや価格決定が社長の勘で決まっている
- クレーム対応や難しい案件は社長が全部引き取っている
- 現場の判断が「結局、社長のOK待ち」になっている
社長が中心に動いている会社は多いですが、売却の場面では買い手が気にするのは「社長の代わりがいるか」ではなく、「社長がいなくても回る形があるか」です。
買い手側の頭の中では、
- 社長が抜けたら売上が落ちるかもしれない
- 現場が混乱して品質が落ちるかもしれない
- 意思決定が遅れて機会損失が出るかもしれない
という想定が膨らみます。
この「かもしれない」が増えるほど、買い手は安全側に寄せ、価格を低めに置きやすくなります。
社長が動いていること自体は強みでもあるので、買い手が安心しやすいのは、社長がやっていることが言葉で説明できること、そして社内の誰が何を引き継ぐのかが見える状態です。
特定の社員が抜けると止まる
次に大きいのが、特定の社員に業務が集中しているケースです。
たとえば、
- 営業を回しているのが一人だけ
- 設計・制作・開発を一人で抱えている
- 経理や請求など、お金まわりを一人でやっている
- ベテランがいないと現場がまとまらない
こういった状態は、社内では「その人が優秀で頼れる」と感じられる一方で、買い手から見ると退職リスクに直結します。
買い手が怖いのは、「今はいる」ではなく、買収後に「残ってくれる確信がない」ことです。
買収後は体制や評価制度が変わることもあり、本人の気持ちも揺れやすいです。
そのため、キーマン依存が強いほど、買い手は
- 引き継ぎに時間とコストがかかる
- 抜けたときの穴が大きい
- 一時的に業績が落ちるかもしれない
と考え、価格に余裕を持たせようとすることがあります。
ここで売主側が意識したいのは、「一人に寄っている仕事」があるときほど、買い手は代替できるか、そして引き継げる形になっているかを見ているという点です。
採用や定着が不安定で、体制が読めない
買い手は、今いるメンバーだけでなく、将来に向けて体制を維持できるかも見ています。
ここが不安定だと、買い手は「引き継いでも回らないのでは」と感じやすくなります。
たとえば、次のような状態は、買い手が慎重になりやすいです。
- ここ1〜2年で退職が続いている
- 採用しても定着せず、人が育たない
- 繁忙期は回るが、平時の人員が足りない
- 採用コストが膨らみやすく、利益が不安定になりやすい
人の出入りが多いと、買い手は「今の利益が続く」というより、人件費が増える/採用に時間がかかるといった将来の負担を想定します。
その想定が大きいほど、価格を高く置くよりも、守りの価格になりやすいです。
また、採用や定着が不安定な会社は、買い手が「引き継ぎ後の立て直し」に手間がかかると見やすいため、価格だけでなく条件面でも慎重な提案になりがちです。
人への依存は、社内では当たり前になっていて気づきにくい一方で、買い手から見ると引き継ぎの見通しに直結する重要ポイントです。
買い手の不安が強くなるほど、その不安は「確認したい」「条件を詰めたい」という形で出てきて、結果として価格調整の話につながることがあります。
ルール面の不安があると下がる 税務・法務・未処理の火種
会社売却で価格が下がる要因には、「業績が弱い」だけでなく、ルール面の不安もあります。
ここでいうルール面の不安とは、ざっくり言うとあとから問題になりそうな点が残っている状態です。
買い手は、会社を買ったあとに「知らなかった問題」が出てくるのを一番嫌がります。
もし問題が出れば、時間もお金もかかりますし、最悪の場合は損失につながります。
だからこそ、ルール面で不安があると、買い手は安全側に寄せた金額を出しやすくなります。
ここで大切なのは、完璧な会社だけが高く売れる、という話ではありません。
中小企業では、細かい未整備があるのは珍しくありません。
ただ、売却の場面では「未整備がある」ことよりも、どこが未整備で、どの程度の影響がありそうかが分からないことが、価格を下げる原因になりやすいです。
過去の処理があいまいで、後から問題になりそう
買い手が警戒するのは、過去の処理があいまいで、後から「実はこうでした」が出てくるケースです。
これは、税務や会計の専門用語を知らなくても、「後から追加請求やトラブルが起きそう」と感じると、買い手は慎重になります。
たとえば、次のような状態は、不安につながりやすいです。
- 処理の根拠が残っておらず、説明できないものがある
- 過去の取引が口約束中心で、証拠が乏しい
- 社長個人と会社のお金が混ざりやすい
- 「あとでまとめて精算するつもり」のまま、長期間残っている
こうした点があると、買い手は「この会社を引き継いだら、後から何が出てくるか分からない」と感じやすくなります。
分からないものは、買い手の中で大きめに見積もられやすいので、結果として価格に影響しやすいです。
また、買い手は問題が確定していなくても、「不安が消えない」だけで、値下げや条件の追加を提案してくることがあります。
契約書や許認可、社内ルールが整っていない
次に多いのが、「事業としては回っているけれど、書面やルールが追いついていない」状態です。
売却では、買い手が会社を引き継いで運営する前提なので、書面やルールが整っていないと運営の継続性が読みにくくなります。
買い手が不安になりやすい例としては、
- 主要な取引に契約書がない/内容が古い
- 業務委託や外注の条件が曖昧で、トラブルになりそう
- 必要な許認可がどれか整理されていない
- 社内ルールが担当者の頭の中だけにある
- トラブルが起きたときの対応フローが決まっていない
こうした状態だと、買い手は「買ってから整えればいい」と割り切れる場合もあります。
ただし、整えるためには時間とコストがかかりますし、整える途中で問題が出る可能性もあります。
そのため買い手は、整備不足をそのまま価格に反映したり、「この条件なら買う」と条件を付けたりすることがあります。
売主側としては、すべてを完璧に整える必要はありません。
ただ、買い手の不安を減らすには、「何が整っていて、何が未整備か」を見える形にしておくことが効きやすいです。
未払・滞留・在庫など、あとで精算が必要なものが多い
売却の話が進むと、買い手は「この会社を引き継いだ瞬間に、どんな支払いが待っているか」を確認します。
そこで注意されやすいのが、未払や滞留、在庫などの「あとで精算が必要なもの」が多い状態です。
たとえば、
- 未払費用や買掛金が多く、支払いが先に控えている
- 入金が遅れている売掛金が多く、回収の確実性が読めない
- 長期間動いていない在庫が多く、現金化が難しい
- 前受金や預り金など、後で返す必要があるものが多い
こうしたものが多いと、買い手は「買った後に手元資金が減る」と見ます。
つまり、見た目の利益よりも、実際の手残りが少ない印象になりやすいです。
その結果、買い手は価格を出すときに慎重になったり、金額を調整したりすることがあります。
特に厄介なのは、「何がどれだけあるのか」が整理されていない状態です。
買い手は、見えないものがあると多めに見積もる方向に動きます。
そのため、未払や滞留があること自体よりも、全体像が見えないことが価格を下げる原因になりやすいです。
直前の動きで下がる やるほど逆効果になりやすい行動
会社売却を意識し始めると、「少しでも高く見せたい」「余計な不安を出したくない」という気持ちが出るのは自然です。
ただ、売却直前の動きは、やり方によっては良かれと思ってやったことが逆効果になり、価格が下がるきっかけになることがあります。
買い手が見ているのは、数字の大きさだけではありません。
「その数字は自然に出ているのか」「買収後も同じように続くのか」「あとからツケが回ってこないか」を気にします。
ここでは、売却直前に起きやすい「やるほど逆効果になりやすい行動」を3つに絞って整理します。
どれも「やってはいけない」と断定する話ではなく、買い手が不安になりやすいポイントを先に知っておく、という位置づけです。
無理な節税で、利益が読みづらくなる
節税自体は悪いことではありません。多くの会社が当たり前に取り組んでいます。
ただ、売却を意識しているタイミングで、節税をやりすぎると、買い手から見て利益が読みづらくなります。
買い手が困るのは、「この会社の実力として、どのくらい利益が出ているのか」が見えなくなることです。
たとえば、直前の期だけ極端に利益が小さく見えると、買い手は
- 利益が落ちた理由が分からない
- 来期以降の見通しが立てにくい
- 利益が小さい前提で評価せざるを得ない
と考えやすくなります。
節税の結果として利益が下がっているだけでも、説明が弱いと買い手は「業績が悪化しているのかも」と受け取ることがあります。
つまり、節税で得をしているつもりでも、売却では評価の材料が弱く見えるという形で損をすることがある、ということです。
見せかけの利益づくりが不信感につながる
逆に、売却前に「利益を良く見せたい」と思って、無理に利益を作ろうとすると、これも危険です。
買い手は、数字をそのまま信じるのではなく、「急に良くなった理由」を必ず確認します。
そこで、
- 直前の期だけ急に利益が跳ねる
- 支出が不自然に減っている
- 数字の出方が例年と違いすぎる
といった動きが見えると、買い手は「何か調整しているのでは」と疑いやすくなります。
疑われると、たとえ本当に問題がなくても、買い手の頭の中では
- 他にも隠れていることがあるかもしれない
- 実態より良く見せているかもしれない
- 買ったあとに数字が落ちるかもしれない
という想像が広がります。
この不信感は、値下げの理由として非常に強いです。
数字が良くなることより、「信用できない」と思われることのほうが、価格に与えるダメージが大きくなりやすいからです。
買い手が安心するのは、派手な上振れよりも、無理のない数字と筋の通った説明です。
売却前の投資や採用が、説明不足だと不安材料になる
売却前に投資や採用をすること自体が悪いわけではありません。
必要な投資を止めてしまうと、逆に事業が弱ってしまうこともあります。
ただし、売却前の投資や採用は、買い手からすると「なぜ今?」が見えないと不安になります。
たとえば、
- 売却直前に大きな設備投資をして固定費が増えた
- 採用を増やして人件費が膨らんだ
- 新規事業に手を出してコストが先に出ている
こういう動きがあると、買い手は
- 買った直後に利益が下がるのでは
- 投資の回収ができるのか
- 引き継ぎ後に追加で資金が必要になるのでは
と考えます。
そして、その不安が解消できないと、買い手は価格を下げることで安全を取りに行きやすくなります。
ポイントは、投資や採用そのものではなく、説明不足です。
買い手は「その投資で何が変わるのか」「いつ頃どんな形で効いてくるのか」が見えれば、前向きに評価できることもあります。
逆に、理由が曖昧だと「コストが増えただけ」に見え、価格にマイナスで働きやすいです。
条件の見落としで下がる 提示額の数字だけを見てしまう落とし穴
会社売却の話が進むと、どうしても目がいくのが「いくらで売れるのか」という提示額だと思います。
ただ、ここで気をつけたいのは、提示額はあくまで「金額の見え方」の一部で、実際には条件によって受け取り方が大きく変わることがある、という点です。
買い手側も、単純に安くしたいだけで条件を出してくるわけではありません。
むしろ買い手は、条件を整理することで「買った後の不安」を小さくしようとします。
その結果、売主が提示額の数字だけを見てしまうと、
- 思ったより手取りが増えない
- 条件の詰めで揉めて値下げされる
- 価格は守れたのに責任が重く残る
といった形で、実質的に「下がった」ように感じることがあります。
現預金や借入の扱いで、手取りの印象が変わる
会社売却の価格の話では、「会社の価値」と「会社に残っているお金(現預金)」、そして「会社の借入」の扱いが混ざって話されることがあります。
この整理がついていないと、売主は提示額を見て喜んだのに、あとで印象が変わるということが起きやすいです。
たとえば、買い手が提示している金額が、
- 会社の価値だけを指しているのか
- 現預金を含めた見方なのか
- 借入を前提にした見方なのか
が曖昧なまま話が進むと、途中で「想定していた条件と違う」という話になりやすいです。
売主側としては、難しい言葉で理解する必要はありません。
まずは、買い手に対して次の点をはっきり確認できるだけで、ズレが減ります。
- 提示額は「会社の価値」の話なのか
- 会社にある現預金はどう扱う想定か
- 借入はそのまま引き継ぐ前提か
この確認がないと、売主は「高く売れた」と思っていても、買い手は「現預金が残っている前提で出した金額」と考えている、というようなズレが起きることがあります。
そのズレが露見すると、交渉がやり直しになり、結果として価格の調整が入ることがあります。
役員借入金や個人立替がそのままだと揉めやすい
オーナー企業では、社長が会社にお金を入れていたり、個人で支払ったものを会社で精算していなかったりすることがあります。
これ自体は珍しいことではありません。
ただ、売却ではこの「社長と会社の間のお金」が整理されていないと、買い手は不安になります。
なぜなら、買い手からすると、買ったあとに
- 本当は会社が払うべきものが残っているのでは
- 逆に会社から社長へ返すべきものがあるのでは
- どこまでが会社の負担なのか分からない
という状態に見えるからです。
この部分が曖昧だと、買い手は「後から揉めるくらいなら、先に価格で調整したい」と考えやすくなります。
また、買い手が「この項目は整理してからでないと買えない」と強く言ってくると、スケジュールが伸びたり、条件交渉が増えたりして、結果として価格が下がる話につながることもあります。
ここで大事なのは、必ずゼロにしないと売れない、という話ではありません。
買い手が嫌がるのは、金額そのものより、全体像が見えないことです。
「何がいくらあるのか」「どのタイミングでどう精算するのか」が見えるだけで、不安が小さくなることがあります。
譲渡後の責任範囲が広いほど、価格は守りに入る
売却の条件の中で、買い手が強く気にするのが「譲渡後に何か問題が出たら、誰がどこまで対応するのか」です。
これは、売主を疑っているというより、買い手にとっては「買ったあとに困らないための保険」のようなものです。
もし責任範囲が広すぎたり、期間が長すぎたり、内容が曖昧だったりすると、買い手は次のように考えやすくなります。
- あとから出てくる問題が怖い
- 問題が起きたときの損失が読めない
- 読めない分は価格を下げて備えたい
このとき、売主側が「価格は高いままで」と主張しても、買い手は「なら責任は軽くしてほしい」と返してくることがあります。
つまり、価格と責任の範囲はセットで動きやすい、ということです。
売主としては、提示額の数字だけで判断すると、あとから「条件が重すぎた」「結局下がった気がする」となりやすいです。
最初の段階で、責任範囲についても「どこまでを想定しているのか」を確認しておくと、交渉の途中で急に価格が下がる展開を避けやすくなります。
価格が下がりそうなときの判断 抱え込まないための整理の仕方
価格が下がりそうな場面に出会うと、頭の中が一気に忙しくなります。
- このまま受けるしかないのか
- 反論して関係が悪くならないか
- どこまで直せば元に戻るのか
こういうときほど、感情で押し返すよりも、いったん状況を整理したほうが結果的に守りやすいです。
整理ができると、買い手の要求が妥当なのか、こちらが改善できる余地があるのかが見えてきます。
そして何より大事なのは、社長が一人で抱え込まないことです。
価格が下がりそうな局面は、情報が増えるほど判断が難しくなります。
ここでは、抱え込まないために「まず何をすればいいか」を、順番に書きます。
下がる理由を「数字」「不安」「条件」に分けて聞く
値下げの話が出たとき、最初にやりたいのは「なぜ下げたいのか」を3つに分けて聞くことです。
相手の説明が曖昧なままだと、こちらが何を直せばいいか分からず、話が前に進みにくくなります。
分け方はシンプルで大丈夫です。
| 分類 | 買い手が言いがちな言葉 | こちらが聞きたいこと |
|---|---|---|
| 数字 | 利益が想定より弱い/お金が残りにくい | どの数字が、どれだけ、どう変わったのか |
| 不安 | 引き継ぎが心配/継続性が読めない | 不安の具体は何か、確認すれば解消するのか |
| 条件 | 責任が重い/不確定要素がある | 価格を下げる代わりに、条件で調整できないか |
ポイントは、買い手の「全部ひっくるめて不安です」という話を、そのまま受け取らないことです。
どの話が、数字の問題なのか
どの話が、気持ちの不安なのか
どの話が、条件交渉の話なのか
ここを切り分けるだけで、値下げに対する打ち手が見えやすくなります。
もし買い手の説明が長くなっても、「今の話は、数字・不安・条件のどれですか?」と聞き返してOKです。
丁寧に整理しようとする姿勢は、角が立つどころか、むしろ話が早くなることが多いです。
どこまで直せば戻るのか 期限と優先度を決める
値下げの話が出ると、「全部直さなきゃ」と思ってしまいがちです。
でも現実には、売却には期限や体力の限界があり、全部は無理です。
だからこそ、次にやるべきは「どこまで直せば戻る可能性があるのか」を確認し、期限と優先度を決めることです。
このときの考え方はシンプルです。
- 直せば戻る可能性があるもの(資料の不足、説明の不足など)
- 直しても戻らないもの(事業構造そのもの、外部環境など)
- 直すより条件で調整したほうが早いもの(責任範囲、支払い方法など)
買い手に対しては、次のように聞くと整理が進みやすいです。
- 「この値下げ理由は、資料を出せば解消できますか?」
- 「解消できるなら、何を出せば十分ですか?」
- 「いつまでに確認できれば、金額は戻せますか?」
ここで重要なのは、こちらが努力する前に、買い手側の「戻し方の条件」を言葉にしてもらうことです。
言葉にならない値下げは、戻しようがありません。
また、期限を決めずに対応すると、ズルズル長引いて社内が疲れます。
「何日までにここまでやる」という線を引くことで、社長も現場も動きやすくなります。
相談すると話が早い相手の選び方(税務・会計・M&Aの切り分け)
価格が下がりそうな局面は、社長が一人で判断しようとすると、どうしても苦しくなります。
理由は簡単で、値下げ理由が「数字」「不安」「条件」と混ざっていることが多く、専門領域が違うからです。
ここでよくある失敗が、「とりあえず一人に全部聞く」ことです。
もちろん一人で全部分かる人もいますが、現実には得意分野が分かれているので、話が噛み合わないことがあります。
相談先を選ぶときは、次のように切り分けると話が早くなりやすいです。
- 税務:過去の処理が不安、税金の論点が絡む、社長個人と会社のお金の整理が必要
- 会計:利益やお金の残り方が説明できない、数字の見え方を整えたい、資料の整備が必要
- M&A実務:買い手の要求が妥当か、価格と条件のバランス、交渉の進め方を整理したい
「誰に何を聞けばいいか」が分かると、相談が短時間で済み、判断も早くなります。
逆に、相談の仕方が曖昧だと、相手も全体像が見えず、結局また社長が抱え込む形になりがちです。
相談に出すときは、難しい資料を大量に作る必要はありません。
まずは、
- 値下げ理由(相手の言葉)
- 気になっている論点(数字・不安・条件のどれか)
- こちらの希望(守りたい条件)
この3点を短くまとめるだけでも、話はかなり早く進みます。
抱え込まず、整理して、必要な相手に必要な相談をする。これだけで、価格が下がりそうな場面でも冷静に動きやすくなります。