会社売却を考え始めたとき、多くの方が最初につまずくのが「うちの会社はいくらになるのか」という疑問です。
仲介会社や買い手から「この算定方法だと◯◯円です」と言われても、根拠がよく分からないと不安になりますよね。
「言われた金額を信じていいのか」
「別の方法ならもっと高くなるのか」
「そもそも算定方法って、どれが正しいのか」
そんな気持ちになるのは自然なことです。
このとき大切なのは、“正解の計算式を当てること”ではありません。
企業価値の算定は、やり方によって結果が変わることがあります。だからこそ、売主としては「どんな考え方で値段が作られているのか」を理解し、納得できる説明がつく状態を作ることが重要です。
この記事では、会社売却でよく使われる企業価値の算定方法を、難しい言葉に寄りかからずに整理します。DCF法やマルチプル(倍率)といった言葉を見かけても、置いていかれないように、「何を見ている方法なのか」「どこでブレやすいのか」をやさしく解説します。
読み終わるころには、相手の提示額に対して「その算定、どこがポイントですか?」と落ち着いて確認できるようになり、不安だけで交渉が進む状態を減らせるはずです。
まず押さえたい「企業価値」と「株式価値」の違い
会社売却の話で混乱しやすいのが、「企業価値」と「株式価値」が同じ意味に聞こえてしまうことです。
この2つは似ているようで、見ている対象が違います。ここを最初に分けておくと、相手の提示額を見たときに「その金額は何の価値なのか」を落ち着いて確認できるようになります。
企業価値は“事業そのものの価値”を見ている
企業価値(Enterprise Value)は、ざっくり言うと「事業としてどれくらい価値があるか」を表す考え方です。
もう少し噛み砕くと、会社が生み出す利益やキャッシュ、将来性、事業の強みなどをもとに、“事業そのもの”に値段をつけるイメージです。
ここで大事なのは、企業価値は「借入があるかどうか」とは切り離して考えられることです。
借入の多い会社でも、事業として強ければ企業価値は高くなり得ますし、逆に借入が少なくても、事業の収益力が弱ければ企業価値が大きくならないこともあります。
つまり企業価値は、「この事業を引き継いだら、どれくらい稼げそうか」という視点に近い、と捉えると分かりやすいです。
株式価値は“手元に残る価値”で、借入などの影響を受ける
株式価値(Equity Value)は、売主目線で言うと「売ったときに株主である自分に帰ってくる価値」です。
会社を売るとき、多くの場合は「株式」を売るので、最終的に気になるのはこの株式価値になります。
そしてここが重要なのですが、株式価値は借入などの影響を受けます。
なぜなら、会社には「返す必要のあるお金(借入など)」がある一方で、「事業のための資金(現預金など)」もあるからです。
イメージとしては、企業価値から借入などを差し引き、現預金などを加味して、最終的な株式価値に近づいていく、という流れです。
(細かい計算式は案件ごとに扱いが変わるため、ここでは考え方だけ押さえます)
言い方を変えると、同じくらい強い事業でも、借入が多い会社は“手元に残る価値”が小さく見えることがあります。
ここを知らないまま提示額を見ると、「うちは事業が回っているのに、なぜこんな金額なの?」という違和感が生まれやすくなります。
売却価格の話をするときに混ざりやすいポイント
実務では、会話の中で「価値」や「価格」という言葉がざっくり使われがちです。
その結果、次のようなすれ違いが起こります。
- 相手は企業価値(事業の値段)を話しているのに、売主は株式価値(手元に残る値段)だと思って聞いている
- 借入の扱いが前提に入っているのかどうかが分からないまま、金額だけが独り歩きする
- 「譲渡価格」と言いながら、実は現預金の扱いや借入の精算が別条件になっている
こうした混ざりを防ぐために、提示額を見たときは、まず次の2つだけを静かに確認するのがおすすめです。
- この金額は「企業価値」ですか?それとも「株式価値」ですか?
- 借入と現預金は、この金額にどう反映されていますか?
この2点を押さえるだけで、同じ数字でも受け取り方が大きく変わります。
売却の話が進んでいくほど、条件が増えて言葉も複雑になりやすいので、最初に「今話しているのはどっちの価値か」を分けておくことが、後の安心につながります。
| 用語 | ざっくり一言 | イメージ |
|---|---|---|
| 企業価値 | 事業そのものの価値 | 「この事業を引き継ぐ価値はいくら?」 |
| 株式価値 | 株主に帰ってくる価値 | 「借入なども踏まえて、手元に残るのはいくら?」 |
企業価値算定でよく使われる3つの方法
企業価値の算定にはいくつか流派がありますが、会社売却の場面でよく出てくるのは、大きく分けて3つの考え方です。
ここで大切なのは、「どれが正解か」を当てることではありません。算定方法は、会社の状況や、買い手が重視するポイントによって使い分けられます。
まずはそれぞれが「何を見て値段を作る方法なのか」を、やさしく整理します。
利益や将来性から考える方法(インカムアプローチ)
インカムアプローチは、ひと言でいうと「この会社はこれからどれだけ稼げるか」をベースに価値を考える方法です。
会社は、利益やキャッシュを生み出すために存在しています。だからこそ、今だけでなく将来も含めて、どれくらい稼げるか(稼ぎ続けられるか)に注目して、企業価値を組み立てます。
- 強み:成長性や将来性が反映されやすい
- 注意点:将来の見立て(計画)が変わると、結果も変わりやすい
「今期の利益がたまたま良い(悪い)」だけで判断されにくい一方で、将来の見込みの置き方次第で金額が動くので、売主としては“どの前提で計算しているか”を確認することがポイントになります。
似た会社・取引事例から考える方法(マーケットアプローチ)
マーケットアプローチは、ひと言でいうと「似たような会社はいくらで取引されているか」を参考にして価値を考える方法です。
たとえば、同じ業界・同じ規模感の会社が、過去にどれくらいの倍率(利益の何倍など)で売買されているか。
こうした“市場の感覚”を使って、企業価値の目安を作ります。
- 強み:相場感に近い説明になりやすい(納得しやすい)
- 注意点:「似ている」の定義で結論が変わる
一見分かりやすいのですが、実は比較対象の選び方がとても重要です。
業界が同じでも、収益の構造・顧客の安定性・成長余地が違えば、同じ倍率で語れないこともあります。だからこそ、提示されたときは「何と比べているのか」を確認すると安心です。
資産と負債から積み上げる方法(コストアプローチ)
コストアプローチは、ひと言でいうと「会社が持っている資産と負債を積み上げて価値を考える」方法です。
会社は、現預金や売掛金、不動産、在庫、設備などの資産を持っています。一方で、借入金や買掛金などの負債もあります。
それらを整理して、差し引きした“純資産”をベースに価値の目安を作っていきます。
- 強み:資産が多い会社では説明がしやすい
- 注意点:収益力や将来性が強い会社だと、これだけでは価値を拾いきれないことがある
ここで気をつけたいのは、帳簿に載っている数字が、そのまま実態と一致しないケースがあることです。
たとえば不動産や在庫などは、「帳簿の数字」と「実際の価値」に差が出ることもあります。だから、資産の中身を見ながら整理されることが多いです。
| 方法 | 何を見ている? | イメージ |
|---|---|---|
| インカムアプローチ | 利益・キャッシュ・将来性 | 「これからどれだけ稼げる会社か」 |
| マーケットアプローチ | 類似会社・取引事例 | 「似た会社はいくらで売買されているか」 |
| コストアプローチ | 資産と負債の積み上げ | 「会社の中身(資産負債)を整理するといくらか」 |
この3つは、どれか1つで必ず決まるというより、状況に応じて「説明しやすい切り口」として使われます。
相手の提示を受け取るときは、まず「この金額は、どの考え方で出しているのか」を押さえるだけでも、理解が一気に楽になります。
インカムアプローチの代表例「DCF法」は何をしている?
企業価値の算定でよく聞く言葉のひとつが「DCF法」です。
難しそうに見えますが、やっていることはシンプルで、考え方は「将来の稼ぐ力を、いまの値段に置き換える」というものです。
ただし、DCFは前提(将来の見立て)が入る分、扱い方を間違えると不安が増えやすい方法でもあります。
ここでは、DCF法が何をしているのか、どこがブレやすいのかを、売主目線で分かりやすく整理します。
将来のキャッシュの見込みを今の価値に直して考える
DCF法は、正式には「Discounted Cash Flow(ディスカウント・キャッシュ・フロー)」の略です。
ざっくり言うと、将来生まれるキャッシュ(お金の増え方)を予想して、それをいまの価値に換算して、企業価値を出す方法です。
なぜ「いまの価値」に直すのかというと、同じ1,000万円でも、今年もらえる1,000万円と、5年後にもらえる1,000万円では、意味合いが違うからです。
5年後の1,000万円は、その間に何が起こるか分からないし、待つ時間も必要になります。だからDCFでは、将来のお金に対して“割り引く”考え方を入れます。
イメージとしては、こんな流れです。
- 将来、毎年どれくらいキャッシュが出そうかを見立てる
- 将来のキャッシュを、リスクや時間を踏まえて「今の価値」に直す(割り引く)
- その合計から、事業としての価値を考える
つまりDCFは、「過去の数字」よりも「これからの数字」を重視する方法です。
将来性がある会社ほど、DCFの出番が増えやすいのはこのためです。
事業計画がブレると結果も大きくブレる
DCF法の特徴は、良くも悪くも「前提に素直」なことです。
前提が変わると、結果も大きく変わります。
特にブレやすいのは、次のようなポイントです。
- 売上や利益の伸び方(成長率をどう置くか)
- 人件費や広告費などの投資(どれくらい使う前提か)
- 設備投資の必要性(更新や拡大にどれくらいお金が出ていくか)
- リスクの見方(割引の強さがどれくらいか)
たとえば、同じ会社でも、計画を強気に置けば価値は大きくなりやすいですし、慎重に置けば低く見えやすくなります。
なので売主としては、提示を受け取ったときに、いきなり計算式を追いかけるよりも、まず「どんな前提で将来を置いているか」を確認したほうが納得しやすいです。
確認するときは、たとえば次のように聞くと角が立ちにくいです。
- 「売上の伸び方は、過去実績と比べてどのくらいの前提ですか?」
- 「投資(採用・広告・設備)は、どれくらい織り込んでいますか?」
- 「一番金額に影響している前提はどこですか?」
DCFは、数字そのものよりも、前提の会話が本体だと思っておくと、理解がぐっと楽になります。
DCFが向きやすい会社・向きにくい会社
DCFは万能ではありません。向きやすい会社と、向きにくい会社があります。
これは「会社の良し悪し」ではなく、将来の見立てをどれだけ置きやすいかの違いです。
| DCFが向きやすい傾向 | DCFが向きにくい傾向 |
|---|---|
| 売上や利益の成長ストーリーを説明しやすい | 将来の数字が読みにくい(変動が大きい) |
| 事業の仕組みが比較的シンプルで、数字が積み上げやすい | 案件ごとのブレが大きく、計画が立てにくい |
| 継続課金・長期契約など、売上の見通しが立ちやすい | 単発取引が中心で、受注が読めない |
| 主要顧客や提供価値が安定している | 特定の顧客・特定の人に依存しすぎている |
向きにくいケースでも、DCFを使ってはいけないわけではありません。
ただ、将来の見立てが難しい会社ほど、DCFの結果は「ひとつの参考値」になりやすく、前提の置き方で金額が揺れます。
だからこそ、DCFの提示を受けたときに大切なのは、「DCFの結果はいくらか」よりも、「どういう前提でその結果になったのか」を言葉でつかむことです。
売主がそこを理解できると、交渉の場でも不安が必要以上に膨らみにくくなります。
マーケットアプローチの代表例「マルチプル法」はどう見る?
企業価値の算定でよく出てくるもう一つの考え方が、「マルチプル法(倍率法)」です。
DCFのように将来の計画を細かく積み上げるというより、「市場ではだいたいこのくらい」という相場感をつかむために使われることが多い方法です。
ただ、マルチプルはシンプルな分、前提の置き方や比較の仕方で結論が変わります。
ここでは、売主として「どう見れば安心か」を、順番に整理します。
「利益の何年分か」でざっくり相場感をつかむ考え方
マルチプル法は、ざっくり言うと「利益(またはそれに近い指標)の何倍で価値を見積もるか」という考え方です。
よくある表現は、「利益の◯年分」という言い方です。
たとえば、ある指標が1,000万円で、倍率が5倍なら、価値の目安は5,000万円、というイメージです。
もちろん実務では指標の選び方や調整が入りますが、基本の発想は「これくらいの稼ぐ力なら、相場的にこのくらい」というものです。
売主にとってのメリットは、細かい計算よりも先に、「だいたいのレンジ」を掴めることです。
一方で注意したいのは、ここで使う「利益」が、決算書の利益そのままとは限らない点です。
実務では、事業の実態に合わせた利益(調整後の利益)を使うことが多く、「どの数字をベースにしているか」で印象が変わります。
比較対象の選び方で結論が変わる(どこを“似ている”と見るか)
マルチプル法の根っこは「似た会社は、だいたい似た倍率で評価される」という発想です。
だからこそ、結論を左右するのは「何をもって似ていると判断するか」です。
たとえば同じ業界でも、次のような違いがあると、同じ倍率で語れないことがあります。
- 売上の安定性:継続取引が中心か、単発取引が中心か
- 利益の出方:粗利が高いビジネスか、薄利多売か
- 成長余地:まだ伸びる余地があるか、成熟しているか
- 依存度:特定の顧客や特定の人に依存していないか
つまり、「同業だから同じ倍率でいい」とは限りません。
売主としては、提示された倍率を見たときに、まず「その比較対象は、どこが似ている想定なのか」を確認するだけで、納得感が変わります。
ここは難しいことを言う必要はなく、例えば次のように聞くだけで十分です。
- 「この倍率は、どのあたりの会社と比べたものですか?」
- 「“似ている”と見ているポイントはどこですか?」
買い手が提示してきた倍率をチェックする視点
買い手から「◯倍で評価しています」と言われたとき、売主側はつい倍率の数字だけを見てしまいがちです。
でも本当は、倍率そのものよりも、その倍率が乗っている“土台”を見たほうが安心です。
チェックするときは、次の3点を順番に押さえると整理しやすいです。
- どの指標に倍率を掛けているか(売上?利益?別の指標?)
- その指標は調整済みか(一時的な要因が混ざっていないか)
- 比較対象は何か(どんな会社・取引を参考にしたのか)
また、買い手が出す数字は、交渉の入り口として慎重めに置かれることもあります。
だからこそ、売主としては、いきなり「低い/高い」と結論を出すよりも、まず「その倍率の根拠を言葉で確認する」のが安全です。
たとえば、次のような聞き方なら、角が立ちにくく、話も前に進みやすいです。
- 「この倍率の前提になっている利益は、どの期間の数字ですか?」
- 「一時的な費用や特殊要因は、どのように見ていますか?」
- 「比較している会社は、事業のどの部分が近い想定ですか?」
マルチプル法は、うまく使えば、相場感をつかむ強い味方になります。
一方で、比較の仕方次第で結果が変わるため、売主側が「何を前提にした倍率か」を押さえるだけで、提示額の見え方が大きく変わってきます。
コストアプローチは「資産が強い会社」で効きやすい
企業価値の算定には「将来どれだけ稼げるか」を見る方法だけでなく、「いま会社の中に何があるか」から考える方法もあります。
それがコストアプローチです。
コストアプローチは、ざっくり言うと「会社の資産と負債を整理して、価値を積み上げる」考え方です。
特に、会社の中に不動産・在庫・投資などの資産がしっかりある場合は、この切り口が効きやすくなります。
貸借対照表をベースに、時価を意識して組み直すイメージ
コストアプローチは、まず貸借対照表(B/S)を見ます。
貸借対照表には、会社が持っている資産(現預金・売掛金・在庫・不動産など)と、負債(借入金・買掛金など)がまとまっています。
ただし、ここで注意したいのが、貸借対照表の数字は“帳簿上の数字”だということです。
会社売却の場面では、帳簿の数字だけでなく、「実際いくらの価値があるか(時価に近い感覚)」を意識して見直されることがあります。
イメージとしては、次のような流れです。
- 資産:帳簿の数字と実態がズレていないかを確認する
- 負債:隠れている負債や、実態とズレがないかを確認する
- 整理したうえで、差し引きした「純資産」に近い形で価値の目安を作る
難しい計算を覚える必要はありません。売主としては、「B/Sを土台にして、実態に合わせて組み直す方法なんだ」と理解しておけば十分です。
不動産・在庫・投資など“見落とされやすい資産”
コストアプローチで差が出やすいのは、資産の中身です。
特に、次のような資産は、ぱっと見で価値が伝わりにくく、扱い方次第で印象が変わりやすいポイントになります。
- 不動産:帳簿価額と、実際の価値に差が出やすい
- 在庫:動いている在庫か、滞留している在庫かで見え方が変わる
- 有価証券・投資:評価の仕方で数字が動くことがある
- 貸付金・未収入金:回収できる見込みがあるかが重要になる
ここで大事なのは、売主が「盛る」ことではなく、資産の実態を説明できる状態にしておくことです。
たとえば在庫なら、「回転している在庫が中心」なのか、「長期間動いていないものが多い」のかで、買い手の受け取り方が変わります。
不動産や投資も同じで、価値があるなら「どういう資産で、どう使っていて、どう評価されやすいか」を言葉で補えると、評価の話が噛み合いやすくなります。
収益力が強い会社では、これだけだと足りない理由
コストアプローチは分かりやすい一方で、収益力が強い会社では、この方法だけだと価値を拾いきれないことがあります。
理由はシンプルで、コストアプローチは基本的に「今あるもの」を中心に見ます。
でも、収益力が強い会社の価値は、資産の中身だけでなく、
- 顧客との関係
- 商品・サービスの強さ
- ブランドや評判
- 仕組みとして回っている営業・運用
といった、貸借対照表にそのまま数字として出にくい部分に乗っていることが多いからです。
極端に言うと、資産があまり多くなくても、しっかり利益を出し続けられる会社はあります。
その場合、コストアプローチだけで見ると、「資産が少ない=価値が小さい」という見え方になりやすく、実態とズレが出ます。
だから、コストアプローチは「資産が強い会社で効きやすい」反面、収益力が強い会社では、資産だけでは説明しきれない価値がある、という特徴を持っています。
売主としては、提示額を見たときに、相手がどの切り口で見ているのかを把握できるだけでも、話の噛み合い方が変わってきます。
算定結果がブレる“よくある調整項目”
企業価値の算定は、同じ会社でも人によって金額がズレることがあります。
その原因の多くは、算定方法そのものよりも、「どこをどう調整するか」にあります。
ここでいう調整は、数字を都合よくいじるという意味ではありません。
売却の場面では、買い手が引き継いだあとに会社がどうなるかを考えるため、「実態に合わせて見え方を揃える」作業が入りやすいのです。
よく出てくる調整項目は、主に次の3つです。
借入(ネット有利子負債)で株式価値が変わる
まず一番分かりやすく効いてくるのが、借入です。
同じくらい強い事業でも、借入が多いと、最終的に株主に帰ってくる価値(株式価値)は小さく見えやすくなります。
このとき、実務でよく使われる考え方が「ネット有利子負債」です。
言葉は少し固いですが、意味はシンプルで、
- 有利子負債(借入など)から
- 現預金などを差し引いて
- 実質的にどれくらい借金が残っているかを見る
という感覚に近いです。
買い手から提示される金額が「企業価値」なのか「株式価値」なのかで、借入の扱いが変わってくるので、ここは混ざりやすいポイントでもあります。
売主としては、提示額を見たらまず、次のように確認できると安心です。
- 「この金額は借入をどう扱った金額ですか?」
- 「現預金はこの金額に含めていますか?」
運転資金の過不足(売掛・在庫・買掛)の扱い
次にブレやすいのが、運転資金の考え方です。
運転資金は、会社が日々回っていくために必要なお金のことで、実務では、
- 売掛金(まだ回収していない売上)
- 在庫(これから売るために抱えているもの)
- 買掛金(まだ支払っていない仕入れ等)
といった項目のバランスで見られることが多いです。
ここがなぜ調整になるかというと、会社によって、運転資金の水準が平常時より多すぎたり少なすぎたりすることがあるからです。
たとえば、決算のタイミングだけ一時的に在庫を減らしている、逆に仕入れが偏って在庫が膨らんでいる、といったことは起こり得ます。
買い手としては、引き継いだあとに「普通に回る状態」を想定したいので、運転資金が過不足している場合は、価格や条件で調整したいという発想になります。
売主側でできることは、まず「今の運転資金が平常なのか、一時的なのか」を説明できる状態にしておくことです。
たとえば、季節性がある業種なら、在庫や売掛が増える時期があるのは自然です。その場合は、「いつもこの時期はこうなる」と説明できれば、余計な不安を減らせます。
役員報酬・家賃などの「実態に合わせた利益」の整え方(正常化)
最後に、売主がとくに戸惑いやすいのが、利益の「正常化」という考え方です。
これは、決算書の利益をそのまま使うのではなく、実態に合わせて“事業としての利益”を見えやすく整えることを指します。
中小企業では、たとえば次のような項目が、利益に影響していることがあります。
- 役員報酬(社長の給与が高い/低い)
- 役員への賞与・退職金(年によって大きく変動する)
- 家賃(関連会社や個人との取引で相場とズレることがある)
- 交際費や車両費など(事業と私用が混ざりやすい)
買い手は「この事業を引き継いだら、どれくらい利益が出るか」を知りたいので、一時的なものやオーナー個人に紐づくものを、そのままの形では見ないことがあります。
ここで大事なのは、売主が無理に「よく見せる」ことではなく、買い手が疑問に思いやすい点を、先に言葉で整理できることです。
たとえば、次のような説明ができるだけでも、話が噛み合いやすくなります。
- 「役員報酬は税務上の理由でこの水準にしているが、実態としてはこう」
- 「この費用は一度きりで、毎年は発生しない」
- 「家賃は関連当事者取引なので、相場に直すとこういう前提になる」
| 調整項目 | なぜブレる? | 売主が押さえる視点 |
|---|---|---|
| 借入(ネット有利子負債) | 借入と現預金の扱いで株式価値が変わる | 提示額が企業価値か株式価値か、借入と現預金の扱いを確認 |
| 運転資金(売掛・在庫・買掛) | 平常時と一時的な状態が混ざると前提が変わる | 今の水準が平常かどうか、季節性など背景を説明 |
| 利益の正常化 | オーナー要因や一時費用が利益を歪めることがある | 一度きり/個人に紐づく項目をメモ化して整理 |
これらの調整は、売主にとっては「いきなり難しくなった」と感じやすい部分ですが、見方を変えると、“事業の実態を正しく伝えるための整理”でもあります。
相手の算定結果が自社の感覚とズレているときは、算定方法より先に、こうした調整項目がどう扱われているかを見ると、原因が見えやすくなります。
どの方法を使うべき?迷ったときの選び方
企業価値の算定方法にはいくつか種類がありますが、売主として悩みやすいのは「結局、どれを使えばいいの?」という点だと思います。
ここで先にお伝えしたいのは、算定方法は“正解が1つに決まるもの”ではないということです。
実務では、会社の特徴に合わせて説明しやすい切り口を選び、条件交渉の中で整理していくことが多いです。
だからこそ迷ったときは、細かい計算の話に入る前に、まず「自社は何が強みの会社か」という軸で考えると、選び方がシンプルになります。
成長中・将来性が強いなら、将来の見立てが重要になる
売上や利益が伸びている、これから伸びる余地がある、という会社は、価値の中心が「今あるもの」よりも「これから生み出せるもの」に寄りやすいです。
こういう会社では、算定の考え方としても、将来の見立てが重要になります。
将来の見立てを置くには、事業の強み・成長の根拠・投資の計画などが材料になります。
ここで大事なのは、無理に強気な計画を作ることではありません。
売主としては、「なぜ伸びるのか」を説明できる材料があるかどうかがポイントです。たとえば、
- 顧客が増えている理由(紹介が増えた、リピートが増えた、など)
- 単価や粗利が上がっている理由(提供価値が変わった、価格改定が進んだ、など)
- 採用や設備投資が利益にどうつながるか
こうした背景が言葉で説明できると、「将来性をどう見たか」の会話が噛み合いやすくなり、結果として金額の納得感も作りやすくなります。
安定業種なら、比較や実績からの説明がしやすい
業績が大きくは伸びないけれど、安定して利益が出ている。顧客基盤が固く、ビジネスの仕組みが成熟している。
こうした会社は、強みが「読みやすさ」にあります。
このタイプの会社では、将来の細かい予測よりも、過去の実績や、同じような会社との比較で説明しやすいことが多いです。
なぜなら、毎年のブレが小さいほど、買い手としても「このくらいの稼ぎが続きそう」と判断しやすいからです。
売主としては、ここで背伸びした成長ストーリーを作る必要はありません。
むしろ、「安定している理由」を丁寧に言語化できると強いです。
- 主要顧客が分散している(特定の1社に寄り過ぎていない)
- 契約が長く続きやすい(継続取引、保守、定期案件など)
- 業務が仕組み化されている(誰か1人に依存しすぎない)
こうした「安定の根拠」があると、比較や実績ベースの説明がスムーズになりやすいです。
資産が大きいなら、資産の見え方が価格に直結しやすい
不動産を持っている、在庫が多い、投資や有価証券がある。こうした会社は、価値の一部が「会社の中にある資産」に乗っています。
この場合、算定の話は「利益」だけでは決まりません。
資産の見え方によって、提示される金額が変わりやすいです。
ここで大切なのは、資産を“高く見せる”ことではなく、資産の実態を説明できる状態を作ることです。たとえば、
- 不動産:事業で使っているのか、遊休なのか
- 在庫:回転しているのか、滞留が多いのか
- 投資:何のための投資か、換金性はどうか
こうした整理ができると、買い手側も「何が価値で、何がリスクか」を判断しやすくなり、価格のすれ違いを減らしやすくなります。
| 会社の特徴 | 価値の中心になりやすいもの | 選び方の考え方 |
|---|---|---|
| 成長中・将来性が強い | これから生み出す利益・キャッシュ | 将来の見立てを言葉で説明できるかが鍵 |
| 安定業種 | 実績の積み重ね・読みやすさ | 比較や実績で説明しやすい(安定の根拠が重要) |
| 資産が大きい | 不動産・在庫・投資などの資産の中身 | 資産の実態を整理できるほど、価格が噛み合いやすい |
算定方法を選ぶときは、「どれが正しいか」よりも、「自社の価値が伝わりやすい切り口はどれか」で考えると迷いにくくなります。
そして、その切り口に合わせて、売主側が説明できる材料を整えていくことで、提示額の納得感も作りやすくなります。
売主が準備しておくと、算定がスムーズになる材料
企業価値の算定は、「計算のやり方」以上に、材料がそろっているかでスムーズさが変わります。
買い手やアドバイザーは、決算書の数字だけを見て値段を決めたいわけではなく、その数字がどうやって生まれているかを理解したいからです。
ここで大事なのは、完璧な資料を作り込むことではありません。
売主としては、「数字の背景を説明できる材料」を最低限そろえておくだけでも、やり取りがぐっと楽になります。
直近3期の決算書だけで足りないケース
まず基本として、直近3期分の決算書(損益計算書・貸借対照表など)は、算定の出発点になります。
ただし、決算書だけでは判断が難しいケースもあります。
たとえば、次のような状況があると、決算書の数字だけでは「実態が読みづらい」ため、追加の材料が必要になりやすいです。
- 売上や利益が大きく伸びたり落ちたりしている(増減の理由が必要)
- 一時的な費用・一時的な売上がある(毎年の実力が分かりにくい)
- 社長の判断で費用の入れ方が変わっている(利益が比較しづらい)
- 数字は良いが、何で稼いでいるかが見えにくい(事業の中身が必要)
このような場合、決算書だけだと、買い手側はどうしても慎重になります。
結果として、算定の前提が守りに入り、提示が低めになったり、質問が増えて時間がかかったりしやすくなります。
売上の内訳・粗利の構造・主要顧客の情報
算定を前に進めるうえで、とても効くのが「売上の中身」が分かる情報です。
決算書の売上は1行に見えますが、実態は「何を」「誰に」「どう売っているか」で価値が変わります。
売主側で用意できると強いのは、次のような整理です。
- 売上の内訳(商品別・サービス別・事業別など)
- 粗利の構造(粗利率が高い領域/低い領域、外注比率など)
- 主要顧客の情報(上位顧客の比率、継続年数、契約形態)
ここでのポイントは、細かい資料を作ることではなく、「説明できる粒度」にしておくことです。
たとえば「上位顧客の売上比率が高い」なら、それ自体が悪いわけではありませんが、買い手は「もしその顧客が離れたら?」を気にします。
そのときに、「なぜ続いているのか」「代替できるのか」が説明できると、評価の会話が落ち着きます。
| 用意すると効く材料 | 買い手が知りたいこと | 売主が書ける一言メモの例 |
|---|---|---|
| 売上の内訳 | 何で稼いでいる会社か | 「売上の6割はAサービス、残りはBとC」 |
| 粗利の構造 | 利益が出る仕組みは何か | 「粗利率が高いのは○○、外注比率は△△」 |
| 主要顧客の情報 | 売上の安定性・依存リスク | 「上位3社で売上○%、契約は毎年更新で継続中」 |
設備投資や人員体制など、利益の背景が伝わるメモ
利益は結果ですが、買い手が本当に知りたいのは、その利益が“どうやって生まれているか”です。
ここが伝わると、算定の前提が置きやすくなり、質問の往復も減りやすくなります。
特に、次のような情報は、数字の背景を理解する助けになります。
- 設備投資(何に投資したか/更新周期/今後の予定)
- 人員体制(人数、職種の内訳、キーパーソンの役割)
- 業務の回し方(属人化の度合い、引き継ぎのしやすさ)
- 利益の増減理由(採用の増減、原価の変化、価格改定など)
ここでも、立派な資料はいりません。
A4一枚でも、箇条書きでもいいので、「利益が出ている理由/出にくい理由」が伝わるメモがあるだけで、算定が進みやすくなります。
たとえば、次のようなメモがあると、会話が一気に具体的になります。
- 「昨年利益が落ちたのは、採用強化で人件費が増えたため。今期は定着して生産性が戻ってきている」
- 「設備は○年に一度更新が必要。次回更新は△年予定で費用感はこれくらい」
- 「現場の運用はこの2名が中心。手順書はあり、引き継ぎ可能」
企業価値の算定で大事なのは、売主が「正しい計算」をすることではなく、相手が安心して前提を置ける材料を渡せることです。
数字の裏側が見えるだけで、算定のスピードも、提示される条件の納得感も変わりやすくなります。
よくある質問(算定方法で不安になりやすいところ)
企業価値の算定は、慣れていないとどうしても不安になりやすいテーマです。
特に「提示された金額が正しいのか」「言われたまま進めていいのか」という悩みは、多くの売主が通るところです。
ここでは、算定方法に関してよく出てくる不安を、できるだけ分かりやすく整理します。
提示された算定が「妥当かどうか」何を見ればいい?
結論から言うと、算定の妥当性は「計算式を理解できたか」より、「前提が納得できるか」で判断したほうが安全です。
算定は前提次第で動くため、細かい式を追っても、肝心の不安が残りやすいからです。
売主がまず見るべきポイントは、次の3つです。
- 何の価値を出しているのか(企業価値なのか、株式価値なのか)
- どの算定方法を使っているのか(将来ベース/比較ベース/資産ベースなど)
- 金額に一番効いている前提はどこか(売上の伸び方、利益の水準、比較対象、資産の見方など)
ここを確認するだけで、「低い/高い」という感情の前に、なぜそうなったのかが見えやすくなります。
相手に聞くときは、難しい言葉を使わなくて大丈夫です。たとえば、こんな聞き方で十分通じます。
- 「この金額は、企業価値と株式価値のどちらですか?」
- 「この金額が一番動くポイントはどこですか?」
- 「前提を変えるとしたら、どこを変えると金額が動きますか?」
これらに対して、相手が具体的に説明できるか、こちらが納得できるかが、妥当性を判断する大きな材料になります。
方法によって金額が違うのは普通?どれを信じればいい?
方法によって金額が違うのは、珍しいことではありません。
なぜなら、算定方法ごとに見ているものが違うからです。
将来を重視する方法は、将来の見立てで動きます。
比較を重視する方法は、比較対象の選び方で動きます。
資産を重視する方法は、資産の中身の見え方で動きます。
では「どれを信じればいいか」ですが、ここも1つに決め打ちしなくて大丈夫です。
売主としては、むしろ「金額が違う理由を言葉で理解できる状態」を作るほうが、交渉では強くなります。
判断の仕方としては、次のように考えると迷いにくいです。
- 自社の価値は、どこに乗っている会社か(将来性/安定性/資産など)
- その価値が反映されやすい方法はどれか
- 金額が低く出ている方法は、何が原因でそうなっているか
「この方法が正しい」というより、「この会社は、この切り口だと価値が伝わりやすい」という感覚で整理すると、数字のブレに振り回されにくくなります。
| 不安のパターン | 起きやすい原因 | まず確認する一言 |
|---|---|---|
| 結果がバラバラで混乱する | 見ている前提が違う | 「前提の違いはどこですか?」 |
| 低い金額が出て不安 | 慎重な前提/比較対象/資産の見方 | 「一番効いている前提はどこですか?」 |
| 高い金額が出て期待してしまう | 前提が強気に置かれている可能性 | 「その前提は現実的ですか?」 |
自分で概算するとき、最低限どこまでやればいい?
自分で概算したい、という方は多いです。
ただ、最初から細かい算定を目指すと、時間が溶けたり、逆に不安が増えたりしやすいので、最低限は「相場感をつかむ」ところで止めるのがおすすめです。
売主が最低限やるなら、目標はこの2つで十分です。
- だいたいのレンジ(低め〜高め)を把握する
- そのレンジが動く理由(前提)を言葉にしておく
具体的には、次のような“最低限の材料”がそろうと概算がしやすくなります。
- 直近の利益水準(一時的な要因があればメモする)
- 借入と現預金(大きくズレない把握でOK)
- 売上の内訳(何が主力か)
- 主要顧客の依存度(上位顧客がどれくらいか)
そして、概算のときに大事なのは、数字を“当てにいく”より、自社の特徴を言葉で整理することです。
たとえば、こんなメモがあるだけでも違います。
- 「利益は安定しているが、上位2社への依存がある」
- 「直近は投資で利益が落ちたが、来期以降は回収局面」
- 「不動産があり、帳簿と実態の差がありそう」
このくらいの整理ができていれば、相手の算定が出てきたときに、どこが違うのかを比較しやすくなり、会話も前に進みやすくなります。