東京の飲食店や宿泊施設の承継を考えるとき、繁華街のにぎわいだけでは地域の事業の厚みは分かりません。事業所の数が多い地域、働く人が多い地域、地域の事業所全体に占める割合が高い地域は、同じとは限らないからです。公開統計を使ってこの違いを見ると、自社の立地や運営を説明するための背景が得られます。
2021年経済センサスに基づく東京都統計年鑑の集計では、「宿泊業、飲食サービス業」の民営事業所は東京都全体で76,127所、区部で61,195所です。23区の事業所数は新宿区が最多で、港区、中央区、渋谷区、千代田区が続きます。一方、各区の全産業に占める割合では、杉並区や台東区も上位に入ります。
この産業区分には宿泊施設と飲食サービスの事業所が含まれます。本記事の地域別件数は、飲食店だけを数えたものではありません。飲食店の後継者不在率については別の企業調査を紹介し、地域別の事業所統計と区別します。数字を無理に掛け合わせず、店舗や施設の引継ぎで何を準備するかまで整理していきます。
飲食店だけの数と、宿泊・飲食サービス業の数を区別する
産業の範囲をそろえると比較の意味が明確になる
今回の地域比較は、東京都統計年鑑第8-1表の「宿泊業、飲食サービス業」を使っています。ホテルや旅館などを含む広い区分のため、「新宿区には飲食店が5,367店ある」と読み替えることはできません。また、事業所は企業の活動拠点を数える単位であり、一社が複数の店舗や施設を運営する場合もあります。
飲食店の譲渡を検討する読者にとっても、この広い区分の分布には意味があります。地域で宿泊や飲食に関わる活動がどの程度行われていたかを確認できるためです。ただし、業態ごとの競合状況、現在の空き物件、売却希望の店舗数などは含まれません。自店と同じ業態の相手を探す際は、もっと細かな情報が必要になります。
調査年と年鑑の年を取り違えない
表が掲載されているのは令和6年の東京都統計年鑑ですが、ここで使う事業所数と従業者数の調査時点は2021年6月1日です。年鑑の年を見て2024年の店舗数だと考えたり、2026年現在の営業状況として紹介したりしないようにします。
この時期の事業所数だけで、感染症の影響からの回復や、その後の訪日客需要の変化は測れません。承継の相談では、地域統計を背景情報にしつつ、自店・自施設の直近の月次売上、稼働状況、営業時間、人員体制を使います。古い統計を新しい実績の代わりにするのではなく、二つを役割に応じて使い分けることが必要です。
| 資料・指標 | 対象 | 分かることと限界 |
|---|---|---|
| 事業所数・従業者数 | 2021年の宿泊業、飲食サービス業 | 拠点と働く人の分布。飲食店だけではない |
| 区内の事業所割合 | 同じ統計表の全産業を分母に計算 | 地域の産業構成。収益性や承継の緊急度ではない |
| 飲食店の後継者不在率 | TDBの2025年の企業調査 | 対象企業の承継状況。区別の率ではない |
| 自店・自施設の実績 | 直近の売上・勤務・予約等の記録 | 具体的な運営や引継ぎを検討する材料 |
事業所数は新宿区が最多、上位五区で区部の36.82%
事業所数の上位は、新宿区5,367所、港区4,986所、中央区4,497所、渋谷区4,343所、千代田区3,339所です。五区の合計は22,532所となり、区部61,195所の36.82%を占めます。都心の複数の区に大きな集積がある一方で、残る区にも幅広く事業所があります。
六番目は世田谷区の3,292所、七番目は大田区の3,223所です。宿泊や飲食の事業は、広域から人が集まる場所だけでなく、日々の生活や仕事が行われる地域にも存在します。ただし、この統計には来店客や宿泊客の居住地、来訪目的は含まれないため、区の順位だけから需要の内訳を断定することはできません。

23区の件数と働く人の数を確認する
次の一覧には、事業所数、従業者数、区内の全産業事業所に占める割合を載せています。割合は同じ第8-1表の各区の全産業事業所数を分母として計算しました。面積や人口で調整した密度ではなく、地域の事業所の構成を見る指標です。
| 区 | 事業所数 | 従業者数 | 区内割合 |
|---|---|---|---|
| 新宿区 | 5,367所 | 59,926人 | 16.22% |
| 港区 | 4,986所 | 68,167人 | 12.15% |
| 中央区 | 4,497所 | 48,795人 | 13.18% |
| 渋谷区 | 4,343所 | 48,734人 | 13.05% |
| 千代田区 | 3,339所 | 54,255人 | 9.28% |
| 世田谷区 | 3,292所 | 27,201人 | 11.97% |
| 大田区 | 3,223所 | 23,755人 | 11.30% |
| 台東区 | 3,117所 | 24,000人 | 13.62% |
| 杉並区 | 2,663所 | 16,060人 | 13.82% |
| 豊島区 | 2,563所 | 30,855人 | 13.39% |
| 品川区 | 2,544所 | 22,037人 | 12.79% |
| 足立区 | 2,429所 | 20,217人 | 10.50% |
| 江東区 | 2,206所 | 19,761人 | 11.35% |
| 練馬区 | 2,031所 | 17,376人 | 9.98% |
| 板橋区 | 1,964所 | 14,120人 | 11.39% |
| 江戸川区 | 1,872所 | 16,463人 | 9.47% |
| 墨田区 | 1,806所 | 16,446人 | 12.12% |
| 葛飾区 | 1,797所 | 11,683人 | 11.52% |
| 目黒区 | 1,561所 | 12,751人 | 12.72% |
| 中野区 | 1,525所 | 9,721人 | 12.75% |
| 文京区 | 1,487所 | 12,954人 | 10.81% |
| 北区 | 1,487所 | 11,142人 | 12.70% |
| 荒川区 | 939所 | 5,952人 | 11.25% |
区部合計には境界未定地域を含みます。23区の事業所数を足すと61,038所で、区部61,195所との差は157所です。上位五区の構成比には公表表の区部合計を使っています。区別の合計と区部の数字を使い分けているため、計算を再確認するときは分母に注意してください。
事業所が多いことは、承継先が多いことを意味しない
事業所数には、独立した一店舗の事業者だけでなく、多店舗を展開する企業の拠点なども含まれます。また、後継者が決まっているか、売却を希望しているかは分かりません。「事業所が多い区だから買い手がすぐ見つかる」といった結論にはつながりません。
実際の候補探しでは、相手が求める業態、営業エリア、人材、設備、取得規模などとの適合を確認します。同じ区内で営業しているという共通点があっても、メニューや価格帯、営業時間が違えば必要な運営体制も変わります。地域の集積は候補を考える入口になり得ますが、相手が引き継げる条件を具体的に確かめることが大切です。
区内割合では杉並区・台東区・豊島区も上位に入る
各区の全産業の民営事業所に占める宿泊・飲食サービス業の割合は、新宿区16.22%、杉並区13.82%、台東区13.62%、豊島区13.39%、中央区13.18%の順です。件数の上位五区とは異なる並びになっています。
杉並区は事業所数では2,663所ですが、区内の事業所構成における割合は高くなっています。反対に、千代田区は事業所数が上位五区に入る一方、全産業の事業所も多いため割合は9.28%です。これは指標の違いであり、どちらかの地域の商業が優れていることを意味するものではありません。

割合は地域の構成、収益性は自社の数字で見る
区内割合が高いことから、その区の飲食店の利益率や生存率が高いとは言えません。売上や費用の情報が入っていないためです。事業承継では、所在地の印象だけで価値を説明するよりも、売上の季節性、客単価、原価、家賃、人件費などを同じ期間で整理する方が、相手の判断に役立ちます。
たとえば、平日と休日で客層が変わる店や、予約中心で営業する店では、単純な月間売上だけでは特徴が伝わりません。曜日や時間帯、店内飲食と持ち帰りなど、実際の運営に沿った区分で把握します。小さな店でも、既存のレジや予約の記録から分かる範囲を整理することができます。
施設と店舗の混在を前提に、従業者数を読む
従業者数の上位は港区68,167人、新宿区59,926人、千代田区54,255人です。一事業所当たりの人数を計算すると、千代田区は約16.2人、港区は約13.7人、新宿区は約11.2人になります。ただし、宿泊施設と飲食サービスの拠点が混在した平均であり、飲食店の一般的な必要人数を示すものではありません。
従業者数には雇用形態の異なる人が含まれるため、営業中のシフト人数とも一致しません。自社の引継ぎでは、調理、接客、清掃、予約対応、仕入れ、事務などの仕事ごとに、担当者と代替できる人を整理します。地域の平均と人数を比べることより、事業を継続するための体制が組めるかを確認することが先です。
飲食店の後継者不在率58.0%は、別の企業調査の結果
帝国データバンクの「東京都・後継者不在率動向調査(2025年)」では、細分類の飲食店の後継者不在率は58.0%です。前年の57.7%から0.3ポイント上昇しています。同調査の都内全業種は47.9%であり、飲食店はそれを上回っています。
ここでの「飲食店」は、地域集計で使った「宿泊業、飲食サービス業」全体と同じ区分ではありません。さらに、帝国データバンクの調査は承継状況を分析可能な企業を対象とするもので、経済センサスの事業所の集計とは母集団も単位も異なります。この二つの数字を掛けて、区別の後継者不在事業所数を推計することはできません。
| 東京都の調査区分 | 2024年 | 2025年 | 変化 |
|---|---|---|---|
| 飲食店 | 57.7% | 58.0% | 0.3ポイント上昇 |
| 全業種 | 51.1% | 47.9% | 3.2ポイント低下 |
出典:帝国データバンク「東京都・後継者不在率動向調査(2025年)」。飲食店の企業調査であり、経済センサスの宿泊・飲食サービス業とは区分と母集団が異なります。
未定の背景を、自分の事業の事情に分けて考える
後継者が決まっていない理由は、引き継ぐ人が見つからない場合だけではありません。経営者がまだ時期を決めていない、家族と相談している、店をどのような形で残すか迷っているといった状況も考えられます。調査の割合から、すべての飲食店に同じ課題があると決め付けることは避けます。
自分の事業では、いつまで現在の働き方を続けたいか、誰に相談できるか、営業を続けるうえで何が不足しているかを整理します。料理や接客を担う人がいても、仕入れと資金の判断をする人がいない場合があります。後継者という一人の人物を探す話と、必要な仕事を誰が担うかという話を分けると、準備しやすくなります。
飲食店の承継では、味だけでなく再現できる運営を示す
レシピと日々の判断を引き継げる形にする
料理の作り方を残すことは重要ですが、分量表だけで営業が回るとは限りません。仕込み量をどう決めるか、仕入れが欠品したときに何を代用するか、混雑時にどの順番で提供するかなど、現場の判断も引継ぎの対象です。店主が当たり前に行っている工夫ほど、後任には見えにくいことがあります。
手順を作る際は、一度にすべてを書き切ろうとせず、売上や品質への影響が大きい仕事から始めます。新しい担当者が実際に行い、迷ったところを補足すると、現場で使える資料になります。味やサービスの維持を希望する場合も、どの部分を守り、どこを変えられるかを具体的に説明できるようにします。
厨房設備と店舗の契約を合わせて確認する
厨房機器は、所有、リース、借用などの関係を整理し、保守記録や更新予定を確認します。見た目だけでは分からない故障や修繕の履歴も、次の運営者が必要な投資を考える材料になります。設備を引き継げることと、同じ場所で営業を続けられることは別なので、店舗の使用条件も一緒に調べます。
賃貸借契約や必要な許認可については、運営主体や取引方法が変わる場合にどのような手続きが必要かを、貸主、所管窓口、専門家と確認してください。一律に引き継げる、すべて取り直しになると決め付けず、現状と予定する方法に沿って整理します。確認が必要な相手と期限を一覧にすると、実行直前の行き違いを防ぎやすくなります。
人員と営業時間を、売上の前提として説明する
店主が長時間働くことで成り立っている店では、同じ売上を次の運営者が維持するために追加の人員が必要になることがあります。逆に、営業日や時間を見直す余地がある場合もあります。現在の売上だけでなく、誰が何時間働き、どの仕事を担っているかを示すことが、実態の理解につながります。
従業員に説明する時期と内容は、相手と支援者で整理します。営業方針や仕事内容について、決まっていることと検討中のことを分けて伝えると、不必要な誤解を避けやすくなります。個々の労働条件や必要な手続きは別途確認し、安心してもらうために未確定の約束をしないことも大切です。
宿泊施設では、予約・建物・委託業務も引継ぎの中心になる
宿泊施設を営む場合は、客室や建物の維持管理に加え、予約サイト、清掃、リネン、設備保守など外部の事業者との関係を整理します。どの仕事を自社で担い、どの仕事を委託しているかが分かると、引継ぎ後に必要な体制を検討しやすくなります。契約の名義や変更の条件も確認します。
予約や前受金がある場合は、対象日、提供するサービス、受け取った金額、未収や返金の状況をそろえて把握します。会社や事業を引き継ぐ時点をまたぐ予約について、誰がサービスを提供し、問い合わせや返金へ対応するかを決める必要があります。飲食店の宴会予約や回数券などにも、同様に時点をまたぐ整理が必要な場合があります。
宿泊施設と飲食店では運営の構造が違うため、同じ地域統計に含まれるからといって、承継時の確認項目をすべて共通にすることはできません。自社が提供するサービスと、相手が引き継ぐ対象を明確にしたうえで、建物、設備、人、契約、予約情報を順番に確認します。
| 対象 | 集める情報 | 引継ぎで確認すること |
|---|---|---|
| 料理・サービス | 手順、判断基準、品質の確認方法 | 後任が再現するための教え方 |
| 人と営業 | 担当、勤務、営業時間、繁忙期 | 必要な体制と追加の負担 |
| 店舗・施設 | 所有関係、使用契約、必要な許認可 | 継続営業に向けた手続きと期限 |
| 設備 | 所有・リース、保守、更新予定 | 引渡し範囲と費用負担 |
| 予約・前受金 | 対象日、金額、未収、返金状況 | 提供するサービスと対応する主体 |
| 外部の委託先 | 清掃、保守、仕入れ等の契約 | 契約の継続条件と連絡先 |
相談では、場所の魅力と事業の条件を一緒に伝える
売上資料と予約台帳、入金の記録に差がある場合は、その理由も確かめます。キャンセル、割引、決済手数料、入金時期などを区別して説明できると、相手が事業の実績を理解しやすくなります。
最初の相談に向けて、直近の決算資料と月次の売上、営業日と営業時間、従業員の概要、店舗や施設の使用契約、主要な設備の一覧を準備します。資料が不足している場合は、不明点をそのまま伝えて構いません。何が分かり、何をこれから調べるのかを区別すると、支援者と作業の順番を決めやすくなります。
守りたい条件も整理しておきます。店名、料理、従業員、場所、常連客との関係など、経営者が大切にしたいものはさまざまです。希望を具体的に伝えたうえで、相手がどこまで引き継げるかを話し合います。条件の優先順位を決めておくと、価格だけでは判断しにくい提案も比較しやすくなります。
親族や従業員への承継に加え、第三者への承継を考える場合は、事業承継・引継ぎ支援センターなどの公的窓口も利用できます。相談と、紹介先の民間事業者へ依頼する業務や費用は分けて確認します。地域の統計を見て結論を急ぐより、自分の事業を引き継げる状態に整えることから始めると、選択肢を具体的に検討できます。
地域の集積を知り、引継ぎの実態を確かめる
東京の宿泊・飲食サービス業は、件数では新宿区や港区、区内割合では杉並区や台東区にも集積が見られます。指標ごとに見える姿が異なるため、事業所数だけで地域や店舗の価値を判断しないことが必要です。飲食店の後継者不在率についても、別の調査であることを踏まえて読みます。
承継の準備では、日々の運営を誰が再現できるかが重要になります。味や接客の工夫、店舗の使用条件、設備、人員、予約や前受金を整理し、次の運営者が事業を理解できる状態を目指してください。地域の分布はその背景を説明する材料として使い、個別の条件は自社の記録と具体的な相談で確かめていきましょう。
参考資料・集計方法
- 東京都統計年鑑 令和6年 第8-1表:令和3年経済センサスに基づく民営事業所数・従業者数を使用。
- 総務省統計局 令和3年経済センサス 大分類M「宿泊業、飲食サービス業」(PDF)
- 帝国データバンク 東京都・後継者不在率動向調査(2025年)
- 中小機構 第三者承継支援について
区内割合・上位五区の構成比・平均人数はKAKEHASHI編集部計算。区部は境界未定地域を含みます。2021年の地域別事業所統計と2025年の後継者不在率を区別し、区別の後継者不在件数は推計していません。
地域の商業を別の角度から見る場合は東京の小売業の分布と承継、相手探しはM&Aマッチングサービスの使い方、成立後の準備は会社売却後のPMIと引継ぎをご覧ください。