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会社売却

会社売却の売却益はどう計算する?価格と手取りのズレを自分で整理できる方法

会社売却を考え始めたとき、多くの社長が最初に気になるのは「結局、自分の手元にいくら残るのか?」ではないでしょうか。

買い手や仲介会社から提示された金額を見て、つい「この金額=自分のもうけ(売却益)」だと思ってしまうことがあります。ですが実際は、売却価格の中身によっては、手元に残る金額が大きく変わることがあります。

たとえば、借入の返済が必要だったり、手数料などの費用がかかったり、お金を受け取るタイミングが分かれるケースもあります。さらに、株式譲渡なのか事業譲渡なのかによって、計算の考え方も変わります。

とはいえ、いきなり税金の細かい話に入ると、よけいに混乱しやすいです。まず大切なのは、「売却益をどう計算するか」の土台を押さえて、提示された金額を自分の言葉で整理できる状態にすることです。

この記事では、会社売却の「売却益」を自分で概算できるように、計算の順番必要な情報、そしてズレやすいポイントをやさしく整理します。読み終わるころには、提示された金額を見ても「どこが増減しそうか」が分かり、次に何を確認すればいいかがはっきりするはずです。

目次

売却益とは何か まずは混乱しやすい言葉をそろえる

会社売却の話を進めると、必ず出てくるのが「売却価格」「売却益」「手取り」という言葉です。ここが曖昧なままだと、提示された金額を見たときに「結局いくら残るの?」がずっと分からないままになってしまいます。

先に結論だけ言うと、売却価格売却益手取りは、同じ意味ではありません。似ている言葉ですが、見ている中身が違います。ここを最初にそろえるだけで、交渉中の不安がぐっと減ります。

売却価格と売却益と手取りは同じではない

まず、3つの言葉をざっくり分けると、こうなります。

言葉 ざっくり言うと 混乱しやすいポイント
売却価格 「いくらで売るか」という取引の金額 “提示額=手元に残る金額”ではない
売却益 売ったことによって生まれる「もうけ」の部分 費用や元手(取得費など)を引いて考える
手取り 最終的に自分の手元に残るお金 税金や返済、支払いタイミングで変わる

たとえば、買い手から「この会社は1億円です」と言われたとします。この1億円は売却価格です。

でもその1億円が、そのまま社長の売却益になるとは限りません。さらに、最終的な手取りは、売却益から税金が引かれたり、必要な支払いがあったり、受け取りが分割になることで、また変わります。

ここで大事なのは、売却価格の数字を見て一喜一憂する前に、それが「売却益」や「手取り」にどうつながるのかを、冷静に分けて考えることです。

社長が知りたいのはどの数字か 目的を先に決める

同じ「会社を売る」という話でも、社長が本当に知りたい数字は人によって違います。ここを決めないまま話を聞くと、相手が言う数字に振り回されやすくなります。

たとえば、こんな違いがあります。

  • 「最低でもいくら残れば安心か」を知りたい(生活・次の挑戦・家族の安心)
  • 「この条件なら売っていい」と判断するための基準が欲しい
  • 買い手の提案が妥当かどうかを見分けたい

この場合、見るべきは「売却価格」だけではなく、最終的な手取りに近い数字です。逆に、「会社の価値が上がっているのか」を見たい段階なら、売却価格に目が行くのも自然です。

なので、最初にこれだけ自分に問いかけてみてください。

今いちばん知りたいのは、「取引の金額(売却価格)」なのか、「最終的に残る金額(手取り)」なのか。

どちらが目的かが決まると、相手に確認すべき質問もはっきりします。たとえば手取りが目的なら、次のように聞けます。

  • この金額は何を含んだ金額ですか(現預金や借入の扱いなど)
  • 社長個人の受け取りはいつ・どの形になりますか(分割・条件付きなど)
  • この金額から追加で発生しうる費用はありますか(手数料など)

難しい計算をいきなりするよりも、まず「自分が知りたい数字はどれか」を決める方が、よほど前に進みます。

株式譲渡と事業譲渡で計算の入口が変わる

次に大事なのが、「どんな形で会社を売るのか」です。会社売却では、よくある形として株式譲渡事業譲渡があります。この違いで、売却益の計算の入口が変わります。

ここで押さえておきたいのは、細かい制度の話ではなく、“誰が何を売って、誰が受け取るのか”という違いです。

  • 株式譲渡:社長(株主)が「株式」を売る → 社長個人が対価を受け取ることが多い
  • 事業譲渡:会社が「事業(資産や契約など)」を売る → 会社が対価を受け取ることが多い

この違いは、社長が知りたい「手取り」に直結します。株式譲渡なら、入口から社長個人の売却益を考えやすい一方で、事業譲渡は、まず会社に入るお金の話になりやすく、そこから社長の手元に残る形を整理する必要が出てきます。

つまり、同じ「1億円」という数字でも、

  • 社長が受け取る1億円なのか
  • 会社が受け取る1億円なのか

で、見え方が変わってしまうわけです。

ここまでの段階では、まだ正確な計算をする必要はありません。まずは、売却の話を聞くときに「その数字は、売却価格なのか、売却益なのか、手取りに近い数字なのか」、そして「株式譲渡の話なのか、事業譲渡の話なのか」を分けて捉えられるようにすることが大切です。

売却益の計算はこの流れで考える

売却益の計算は、難しい式を覚えるというよりも、「どの順番で考えるか」を押さえるのが一番大切です。順番が分かっていれば、提示された金額を見たときに「ここが変わると売却益も変わるな」と冷静に整理できます。

ここでは、細かい税金の話に入る前に、売却益を考えるためのシンプルな流れを作ります。目的はひとつで、自分で概算できる状態になることです。

全体像は 譲渡で受け取る金額 から 費用 を引く

売却益は、考え方としてはとてもシンプルです。

売却益 = 譲渡で受け取る金額 - 費用

ここで言う「費用」は、日々の経費というより、売るために必要だった支出や、売った結果として差し引かれるものを指します。

ポイントは、売却の場面では「受け取る金額」が一つではないことがある、という点です。たとえば、同じ1億円でも、

  • すぐに全額入るのか
  • 一部が後払いになるのか
  • 条件を満たしたら追加で支払われるのか

で、実感としての売却益は大きく変わります。なので最初から「受け取る金額は、いつ・いくら・どんな条件で入るのか」をセットで見ます。

逆に言えば、売却益の計算でつまずく多くの原因は、「受け取る金額」と「費用」を同じ箱に入れて考えてしまうことです。まずはこの2つを分けて、順番通りに整理するのがコツです。

計算に必要な情報は 取引条件 と 支払い条件 と コスト

売却益を計算するために必要な情報は、たくさんあるようで、実は大きく3つに分かれます。難しい言葉ではなく、社長の目線で言い換えるとこうです。

区分 見たいこと 具体例(よく確認する点)
取引条件 そもそも何をいくらで売るのか 売却対象(株式か事業か)、価格の考え方、現預金や借入の扱い
支払い条件 お金はいつ・どう入るのか 一括か分割か、後払いの有無、条件付き支払いの有無
コスト 売るために差し引かれるものは何か 仲介手数料・FA報酬、弁護士や税理士など専門家費用、契約関連の実費

この3つを押さえると、相手が提示してきた金額に対して「これは取引条件の話だな」「これは支払い条件で変わるな」「これはコストで引かれるな」と、頭の中で整理できるようになります。

特に注意したいのは、売却価格の説明の中に、取引条件と支払い条件が混ざっていることがある点です。たとえば、

  • 「最大でこの金額」(条件を満たした場合の話)
  • 「まずはこの金額」(後から調整が入る前提の話)

こういう表現が出てきたら、売却益の計算を急ぐ前に、「確定で受け取れる部分」と「条件がつく部分」を切り分けて確認するのが安全です。

自分で概算するときの最小セット

「正確な数字は専門家に聞くとしても、まずは自分でざっくり把握したい」

この段階で必要なのは、完璧な計算ではありません。社長が自分で概算するときは、最小セットだけ揃えると十分です。

最小セットは、次の5点です。

  • 売却価格(いくらで売る想定か)
  • 受け取り方(一括か分割か、後払いがあるか)
  • 売却にかかる主な費用(手数料・専門家費用など)
  • 売却対象(株式譲渡か事業譲渡か)
  • 今の時点で「確定している金額」と「まだ動く金額」

そして、概算は次のように二段階で作ると、迷いにくいです。

  • 確定で受け取れる金額確定で発生する費用 = まずの見立て
  • そこに、条件付きの上振れ・下振れを「幅」として足す/引く

このやり方なら、「売却益がいくらか」を一発で当てにいくのではなく、現実的なレンジとして把握できます。売却の話は、最初から最後まで条件が動くことがあるので、最初から一点の数字に固定してしまうよりも、社長にとって安心につながります。

もし相手の説明が分かりにくい場合でも、この最小セットに沿って質問すれば、話は整理しやすくなります。たとえば、

  • この金額は確定ですか?条件がつきますか?
  • 支払いは一括ですか?後払いはありますか?
  • 売却にかかる費用は、他に発生しますか?

売却益の計算は、いきなり難しい数字を作ることではなく、必要な情報を不足なく集めて、順番通りに引き算することです。そのための「考え方の型」を、ここで作っておくのが狙いです。

株式譲渡の売却益の計算方法

株式譲渡(株を売る形)の売却益は、考え方が比較的シンプルです。なぜなら、取引の中心が「社長(株主)が株式を売って、その対価を受け取る」という形になることが多いからです。

ただし、ここでつまずきやすいのが、「取得費って何?」「譲渡費用はどこまで入るの?」という点です。ここが曖昧だと、売却益の見立てがブレやすくなります。

基本の式は 譲渡対価 取得費 譲渡費用

株式譲渡の売却益(譲渡所得)は、基本的には次の考え方で整理します。

売却益 = 譲渡対価(株を売って受け取る金額) - 取得費(株を持つのにかかったお金) - 譲渡費用(売るためにかかった費用)

ここで大事なのは、「売却価格」ではなく、実際に株主が受け取る譲渡対価を基準にすることです。たとえば、分割払いや条件付きの支払いがあると、同じ“提示額”でも、実際の受け取り方が変わります。

そして、株式譲渡の売却益で一番のポイントは、引けるものは「取得費」と「譲渡費用」の2つだと理解しておくことです。ここが整理できると、計算の迷いがかなり減ります。

取得費はどこまで入る 設立時の払込や追加出資など

取得費は、ざっくり言うと「その株を手に入れるために、自分が実際に出したお金」です。

社長が創業者の場合、代表的なのは次のようなものです。

  • 設立時に払込んだ資本金(株を引き受けるために払い込んだ金額)
  • 増資のときに追加で出資した金額(追加で株を引き受けた払込金)
  • 第三者から株を買い取った金額(買って取得した場合の購入代金)

ポイントは、「会社にお金を貸した」「役員報酬を我慢した」といった気持ちとしての負担は、基本的に取得費にはなりません。取得費として考えるのは、あくまで株式の取得に直接つながる支出です。

また、実務で困りやすいのが「昔の払込の記録が見当たらない」ケースです。この場合、通帳・払込証明・登記簿の履歴・株主名簿など、手掛かりになる資料を探していくことになります。

ただ、ここで無理に断定すると危険です。取得費は、後から説明や証明が必要になる場面があるため、分からない場合は「現時点では不明」として扱い、資料を揃える前提で概算するのが安全です。

譲渡費用に入りやすいもの 入りにくいもの

譲渡費用は、株式を売るために直接かかった費用です。ここは「何でも入れていい」わけではなく、売却との結びつきが明確なものが中心になります。

イメージしやすいように、代表例を整理します。

区分 譲渡費用に入りやすい例 入りにくい例(注意)
取引を成立させるための費用 仲介手数料、FA報酬、成功報酬 売却とは無関係な営業費、通常の顧問料
契約・手続きのための費用 契約書作成・レビューに関わる弁護士費用(売却に直接関連する部分) 会社の日常的な法務対応の費用
売却のために必要な専門家費用 売却に向けたアドバイスや手続きに関する費用(売却案件に紐づくもの) 通常の決算・税務申告の費用(売却とは別目的のもの)

ここで大事なのは、譲渡費用に入るかどうかを判断するときに、「その費用は“株を売るため”に必要だったか」を基準にすることです。

たとえば、仲介手数料やFA報酬は、売却が成立して初めて発生することが多く、売却に直結しているため、譲渡費用として考えやすいです。一方で、普段から支払っている顧問料などは、売却と関係が薄いと判断されやすく、一緒に入れてしまうと説明が苦しくなる可能性があります。

なので、概算の段階では、譲渡費用はこう整理すると安全です。

  • 売却案件に紐づく請求書・見積書が出るものを中心に入れる
  • 迷うものは「入れる/入れない」両方で幅を作る
  • 後から説明できるように、費用のメモ(何のための支払いか)を残す

株式譲渡の売却益は、式自体はシンプルです。だからこそ、差が出るのは取得費譲渡費用の扱いです。ここを丁寧に分けておくと、提示された金額の「本当の意味」が見えやすくなります。

事業譲渡の売却益の考え方

事業譲渡は、株式譲渡と比べて「数字の見え方」が少しややこしくなりやすいです。理由はシンプルで、株式譲渡は多くの場合社長(株主)が株を売ってお金を受け取るのに対し、事業譲渡は会社が事業を売ってお金を受け取る形になることが多いからです。

そのため、社長が知りたい「自分の手元にいくら残るか」を考えるときは、まず会社の中で利益がどう出るかを整理してから、次に社長個人にどう移るかを考える必要があります。ここを飛ばすと、提示額を見てもモヤモヤが残りやすくなります。

事業譲渡は 会社の利益 と 社長個人の利益 が分かれる

事業譲渡のポイントは、最初に「お金を受け取るのは誰か」をはっきりさせることです。

  • 事業譲渡でお金を受け取るのは、基本的に会社
  • 社長個人がそのまま受け取る形には、なりにくい

会社が受け取ったお金は、会社の売上や利益として計上され、そこから会社の中で必要な支払いが行われます。そのうえで、最終的に社長個人の手元に移すには、たとえば役員報酬配当など、別の形が必要になるケースが多いです(どの形が良いかは状況で変わります)。

なので、事業譲渡で「売却益」を考えるときは、会社の売却益社長の手取りを同じものとして見ないことが大切です。

感覚としては、こう分けると理解しやすいです。

  • 会社の売却益:事業を売った結果、会社にどれだけ利益が残るか
  • 社長個人の利益:会社から個人に移した結果、最終的に手元に残るお金

この2つはつながっていますが、同じではありません。ここを分けて考えるだけで、事業譲渡の数字の整理がしやすくなります。

譲渡対象によって利益の出方が変わる

事業譲渡では、「何を譲渡するのか」によって、会社の売却益の出方が変わります。なぜなら、売るものによって帳簿上の値段(帳簿価額)が違うからです。

細かい会計の言葉を覚える必要はありません。考え方は次のイメージです。

会社の売却益 = 譲渡で受け取る金額 -(譲渡する資産などの“会社側の元の値段”)-(譲渡のための費用)

たとえば、同じ金額で売れたとしても、譲渡対象が違うと利益はこう変わります。

譲渡対象の例 利益が動きやすい理由 社長が最初に確認したい点
設備・車両など 会社の帳簿上の残りの値段がある 売るものの帳簿上の残高がどれくらいか
在庫 在庫の評価や数量で金額が動く 在庫は「いくら扱い」で譲渡する前提か
契約・顧客基盤・ノウハウ等 帳簿上の値段がはっきりしないことがある 譲渡対象に何が含まれるか(範囲)

ここで重要なのは、事業譲渡は「事業をまるごと売る」というより、実際には譲渡するものを一つずつ決めていく取引になりやすいという点です。対象をどう切り出すかで、利益の出方も、社長が想像する「手取り感」も変わります。

株式譲渡と比べてズレやすいポイント

事業譲渡がズレやすいのは、売却価格を見ても社長個人の手取りに直結しにくいからです。ズレの原因になりやすいポイントを、社長目線で整理します。

  • 提示額が「会社に入る金額」で、社長個人の受け取りとは別ルートになりやすい
  • 譲渡対象の範囲が変わると、利益の出方が大きく変わる(何を含むか・含まないか)
  • 在庫や売掛金など、金額が後で調整されやすい項目が出てきやすい
  • 引き継ぐもの/残すものの切り分けで、売り手側の“後始末”が残ることがある

特に、最初の打ち合わせでよく起きるのが、社長が「提示額=自分のもうけ」と感じてしまうことです。事業譲渡では、まずその金額が会社の売却益としてどう残るのか、そして社長個人にどう移す想定なのかを分けて考えたほうが、後で混乱しにくいです。

事業譲渡の売却益は、株式譲渡よりも「何を売るか」「お金は誰に入るか」で見え方が変わります。だからこそ、最初から完璧に計算しようとするより、譲渡対象の範囲受け取りのルートを先に整理することが、結果的にいちばん近道になります。

提示額から売却益がズレる代表パターン

買い手や仲介会社から「この金額でどうですか」と提示されたとき、ついその金額=自分の売却益だと思ってしまいがちです。

でも実際には、提示額はあくまで「取引の設計」の一部で、そこから手元に残る金額はズレることがあります。ズレが起きる原因は、社長が悪いわけではなく、M&Aの話し方が“一つの数字”に見えるようになりやすいからです。

ここでは、現場でよくある「ズレの代表パターン」を4つに絞って整理します。どれも、先に知っておくだけで不意打ちを避けやすくなるポイントです。

借入の返済で手元が減る

提示額を見たときに、最初に見落としやすいのが借入の扱いです。会社に借入がある場合、売却によって状況が変わります。

たとえば、売却後も借入をそのまま会社に残す形になることもありますし、売却のタイミングで返済が必要になることもあります。ここがどう設計されるかで、社長の感覚としての「手元に残るお金」は変わります。

特に注意したいのは、社長が提示額を「受け取るお金」として見ている一方で、現実には売却後に返済や整理が必要な支払いが残るケースです。

  • 売却後に返済の話が出て、手元が想定より減る
  • 借入の条件変更が必要になり、調整が入る
  • 社長個人保証が絡んでいて、解除の条件が付く

このパターンは、提示額の大小ではなく、借入がどう扱われる前提の数字なのかを確認しないと見えません。「この金額には借入の扱いはどう入っていますか?」と聞くだけで、ズレを早めに発見しやすくなります。

運転資金や在庫の調整で金額が動く

次に多いのが、運転資金(お金の回り方)や在庫の調整で、最終的な金額が動くケースです。

会社は、売上があっても入金が先だったり、仕入れや外注の支払いが先だったりします。こうした日々のお金の回転は、決算書だけでは見えにくいことがあります。

また、在庫を持つビジネスでは、在庫の評価や数量の確定によって、譲渡対象の金額が動くことがあります。たとえば、

  • 決算時点と譲渡時点で在庫が増減する
  • 在庫を「原価で見る」のか「別の基準で見る」のかで金額が変わる
  • 売掛金や買掛金の扱いで、手元に残る感覚が変わる

社長からすると「提示額は決まっているはず」と感じるのに、話が進むと金額が動くため、強い不安につながりやすいポイントです。

ここは、いきなり細かく詰めるより、まず「金額が調整される項目は何か」を確認するのが現実的です。調整の対象が分かるだけでも、ズレは読みやすくなります。

預金が多い会社は数字の見え方が変わる

預金が多い会社は、一見すると「安心して高く売れそう」と感じやすいです。実際、現預金が厚いこと自体はプラスに働く場面もあります。

ただし、ここで起きやすいのが「会社の価値の話」と「社長の受け取りの話」が混ざることです。

たとえば、提示額の説明の中で、

  • 預金はそのまま会社に残す前提なのか
  • 余剰資金として差し引いて考える前提なのか

が曖昧だと、同じ数字でも意味が変わってしまいます。

社長の体感としては、「会社に預金がたくさんあるのに、提示額が思ったより低い」と感じたり、「提示額が高いと思ったら、預金を含めた説明だった」と後で気づいたりします。

預金が多い会社ほど、最初に次をはっきりさせるのが安全です。

  • 提示額は、現預金を含んだ金額ですか?含まない金額ですか?
  • 譲渡時点の現預金は、どう扱う前提ですか?

この確認がないと、提示額だけを見ても「高い/安い」を正しく判断しにくくなります。

エスクローや分割払いで 受け取る時期 がずれる

最後に、「金額は合っているのに、手元に入る実感が違う」原因として多いのが、受け取る時期のズレです。

M&Aでは、全額が一括で支払われるとは限りません。状況によっては、

  • 分割払い(何回かに分けて支払われる)
  • エスクロー(一定期間、第三者に預けられて後から受け取る)
  • 条件付きの後払い(一定の条件を満たしたら追加で支払われる)

といった設計になることがあります。

この場合、提示額だけ見れば「この金額で売れる」と思えても、実際は今すぐ受け取れる部分後から受け取る部分が分かれます。さらに、後から受け取る部分には条件が付くこともあるため、社長としては不安が残りやすいです。

ここでのコツは、提示額を聞いた瞬間に、次の2つを分けて確認することです。

  • 確定で受け取れる金額はいくらですか?
  • 後から受け取る金額は、いつ・どんな条件で受け取れますか?

同じ提示額でも、受け取りの時期が違うだけで、次の人生設計の安心感は大きく変わります。だからこそ、金額だけでなく受け取りの設計をセットで見ることが大切です。

計算をブレさせないためのチェックポイント

売却益を自分で整理しようとすると、途中で「結局どの数字を使えばいいの?」と迷いやすい場面が出てきます。これは社長の理解が足りないという話ではなく、M&Aの世界では似た言葉が混ざりやすいからです。

ここでは、計算をブレさせないために、最初に押さえておくと安心なチェックポイントを3つ紹介します。どれも、難しい知識がなくても会話の中で確認できるものです。

企業価値と株式価値を混ぜない

提示額や評価の話でまず混乱しやすいのが、企業価値株式価値が同じように語られてしまうことです。言葉だけ聞くと似ていますが、見ている対象が違います。

  • 企業価値:事業そのものの価値(稼ぐ力を中心に見た「会社の中身」)
  • 株式価値:最終的に「株(オーナーが持つ権利)」としていくらか

社長が売却益を考えたいときに必要なのは、基本的に株式譲渡なら株式価値に近い数字です。一方で、相手が説明しているのが企業価値の話だと、そのまま手取り感に結びつけるとズレます。

ここで難しい整理をする必要はありません。会話の中では、次の一言で切り分けられます。

「今話している金額は、借入や現預金を含める前の事業の評価ですか?それとも、最終的に株をいくらで買う話ですか?」

この確認を入れるだけで、「評価の説明は高いのに、提示額が低い」「提示額が高いと思ったら、別の数字だった」というブレが起きにくくなります。

現預金と借入はセットで見る

売却益の見立てがブレる原因として多いのが、現預金だけ、または借入だけを単体で見てしまうことです。

会社は、預金が多ければ安心に見えますし、借入が多いと不安に見えます。ただ、売却の場面では、現預金と借入はセットで扱われることが多く、片方だけ見ても判断が難しいです。

イメージとしては、社長の感覚に近いのは次の考え方です。

  • 預金が多い → その分だけ価値が上がる「可能性」がある
  • 借入が多い → その分だけ価値が下がる「可能性」がある

ただし、実際の交渉では、預金が多いことを理由に価格が上がることもあれば、「運転資金として必要だから残す前提」として、価格にそのまま反映されないケースもあります。借入も同様で、残すのか返すのかで意味が変わります。

だから、ブレを防ぐには、次のセット質問が有効です。

  • 「現預金は譲渡時点でどう扱う前提ですか?」
  • 「借入は譲渡後も会社に残りますか?返済が必要ですか?」

この2つがはっきりすれば、提示額が「高い/安い」の判断も、売却益の概算も、かなり現実に寄ります。

一時的な利益と継続的な利益を分けて扱う

最後は、数字の見え方が大きく変わるポイントです。決算書の利益が良く見える年があると、「今年は高く売れるはず」と期待が膨らみやすいです。これは自然な感覚です。

ただ、売却の話では、利益の中身を見て、

  • 一時的に上がった利益
  • これからも続きそうな利益

を分けて考えることが多いです。ここが混ざると、社長の中では「この利益で計算した金額」が基準になり、相手の提示額が低く見えてしまい、話が噛み合わなくなります。

一時的な利益とは、たとえばこういうものです。

  • 大きな案件が一度だけ取れた
  • 補助金・助成金など、毎年は入らない収入があった
  • 一時的に費用が減っただけで、来期以降は戻りそう

もちろん、これらが悪いわけではありません。ただ、売却益や価格の話では、相手が「この先も続くかどうか」を見て調整することがあるため、社長側も最初から分けておいた方が、ブレにくくなります。

社長としては、次のように整理しておくと話が早いです。

  • 今の利益のうち、来期以降も続く要素は何か
  • 今年だけ増えた要素は何か(理由を一言で説明できる)

この整理があると、相手の見方に振り回されにくくなり、逆に「この利益は継続性がある」と説明できる材料にもなります。

実務で使える 売却益の概算シートの作り方

売却益は、頭の中で考えようとすると必ずブレます。相手の話し方が変わったり、新しい条件が出たりすると、昨日の自分の見立てがすぐ分からなくなるからです。

そこでおすすめなのが、完璧な計算表ではなく、「いま分かっていることを固定して、分からないところを見える化する」ための概算シートを作ることです。Excelでも、Googleスプレッドシートでも、紙でも構いません。ポイントは、一度作ると、条件が変わっても更新できる形にすることです。

ここでは、誰でもすぐ作れて、実務でも使いやすい形に絞って説明します。

まずは項目を固定して 空欄 をなくす

概算シート作りで一番大切なのは、最初に項目を固定することです。項目が毎回変わると、比較ができず、結局また頭の中で考えることになります。

そしてもうひとつ大事なのが、空欄をなくすことです。ここでいう「空欄をなくす」は、数字を無理に埋めるという意味ではありません。分からないなら、分からないと書くことが大切です。

例えば、こんな形で作ると使いやすいです。

項目 入力欄 メモ
売却の形 株式譲渡 / 事業譲渡 どちら前提の話か
譲渡で受け取る金額 〇〇円 確定分 / 条件付きの内訳
受け取り時期 一括 / 分割 / 一部後払い いつ入るか
取得費 分かる / 分からない 設立時払込、追加出資など
譲渡費用 〇〇円 仲介・FA・弁護士など
調整が入りそうな項目 あり / なし 運転資金、在庫、売掛など

この表は、見た目以上に強力です。なぜなら、相手が提示してくる話は、結局このどこかに入るからです。空欄がなくなると、「どこが未確定なのか」が自分でも分かり、相談するときも話が早くなります。

数字に幅を持たせて 低め 普通 高め を並べる

売却益の見立てで苦しくなるのは、「一点の数字」を当てにいこうとするからです。売却は、条件が変わることがありますし、交渉の中で数字が動くのも普通です。

だから概算は、最初からで持つのがおすすめです。具体的には、低め・普通・高めの3列を用意します。

項目 低め 普通 高め メモ
譲渡で受け取る金額 確定分のみ 確定分+一部見込み 最大提示額 条件付きの金額をどう扱うか
譲渡費用 最低限 想定どおり 追加対応込み 専門家費用の増減
調整項目の影響 不利に動く 中間 有利に動く 在庫・運転資金の調整

この形にしておくと、相手が「この条件なら上がります」「この項目は調整が入ります」と言ったときに、すぐにどの列が変わる話なのかが分かります。

そして何より、社長の気持ちが楽になります。売却は人生の大きな意思決定なので、数字が動くたびに一喜一憂すると疲れます。幅で持つと、ブレを前提に冷静に進められるようになります。

見積もりが難しい部分は 前提 をメモで残す

概算シートで一番大事なのは、実は数字そのものではなく、前提(その数字を置いた理由)です。

売却の話は、同じ「1億円」でも、

  • 「確定で1億円」なのか
  • 「条件がそろえば最大1億円」なのか

で意味がまったく変わります。にもかかわらず、数字だけが独り歩きしやすいです。

だから、見積もりが難しい部分ほど、シートの横に前提メモを残しておくのがおすすめです。メモは長文にする必要はなく、1行で十分です。

  • 「確定で受け取れるのはここまで」
  • 「在庫は譲渡日時点で精算される想定」
  • 「追加費用は弁護士対応が増えた場合に上振れ」
  • 「取得費は資料未確認のため暫定で不明扱い」

前提が残っていれば、あとで条件が変わっても、シートを見直したときに「なぜこの数字にしたのか」がすぐに思い出せます。逆に前提がないと、数日後には自分でも分からなくなり、またゼロから考え直すことになります。

概算シートは、正解を当てるためのものではなく、交渉の途中で迷子にならないための道具です。項目を固定し、幅で持ち、前提を残す。この3点を守るだけで、社長の中の「数字の地図」ができていきます。

どこから専門家に相談すべきか

売却益の計算は、ある程度までは社長ご自身でも整理できます。実際、ここまでで紹介したように「受け取る金額」と「費用」を分けて、必要な情報をそろえれば、概算は作れます。

ただ、売却の話が進むほど、条件が増えたり、言葉の定義がズレたりして、社長の負担が一気に重くなる場面も出てきます。そういうときは、無理に一人で抱えず、早めに専門家の視点を入れるほうが安全です。

ここでは、「どのタイミングで相談したほうがいいか」と、「相談するときにどう聞けば整理が進むか」を、現場で使える形でまとめます。

取引条件が複雑で 自分の計算が追いつかないとき

相談すべき最初のサインは、取引条件が増えてきて、「自分の計算が追いつかない」と感じたときです。

たとえば、次のような要素が重なってくると、社長が自力で全体像を追うのが難しくなります。

  • 支払いが分割になっている
  • 後払い条件付きの追加支払いがある
  • 調整が入る項目(運転資金・在庫・売掛など)が複数ある
  • 借入の扱いが「残す」「返す」「条件変更」など、話が揺れている

この状態で無理に計算を続けると、どこかで前提を勘違いして、「その数字は何を含んでいましたっけ?」という会話になりやすいです。ここで疲れ切ってしまう社長も少なくありません。

専門家に相談する目的は、完璧な計算を作ってもらうことだけではなく、条件を整理して、計算の順番を戻すことです。つまり、

「この取引条件だと、社長の手元に残るお金はどういう構造になりますか?」

と、構造から見てもらうのが有効です。

税金の前に まず取引条件の整理が必要なとき

「税金がいくらかかるか」が気になるのは当然です。ただ、実務では税金の話を急ぐほど、逆に混乱することがあります。理由は、税金は取引条件が固まって初めて見えてくる部分が多いからです。

たとえば、次のような状態だと、税金を計算しようとしても前提が動くため、結論が定まりません。

  • 株式譲渡か事業譲渡か、まだ決まっていない
  • 「売却価格」の内訳(確定・条件付き)が固まっていない
  • 譲渡対象や調整項目が、まだ曖昧

この場合、先にやるべきことは税金計算ではなく、取引条件を“言葉として固定する”ことです。

相談の場では、税金の話をいったん脇に置いて、次のように依頼すると整理が早いです。

  • 「この案件で確定している条件と、まだ動く条件を分けてください」
  • 「社長個人が受け取る金額と、会社に入る金額を分けてください」
  • 「調整が入りそうな項目は何で、どのタイミングで確定しますか?」

取引条件が整理できると、その後の税金の話もスムーズになります。逆に言うと、税金が気になっているときほど、まず取引条件の整理を手伝ってもらうのが近道です。

説明が弱い提示額を そのまま受け取らないための相談の仕方

「提示額は出たけど、説明が薄い」

この状況はかなり多いです。そしてこのときに危ないのが、社長がモヤモヤしたままでも、話が前に進んでしまうことです。

説明が弱い提示額をそのまま受け取らないためには、専門家に相談するときも、ただ「これって妥当ですか?」と聞くより、聞くポイントを絞って渡すほうが効果的です。

おすすめは、次の3点セットで相談することです。

相談で渡すもの 内容 狙い
提示額と条件のメモ 金額、支払い方法、後払いの有無、調整項目の有無 数字の前提を固定する
自分の概算シート 低め・普通・高めの幅、分からない点も含めて記載 どこが不明かを見える化する
聞きたい質問を3つに絞る 例:この金額は何を含む?どこが動く?手元のレンジは? 相談を短時間で実りあるものにする

特に「質問を3つに絞る」は効果が大きいです。たとえば、こんな聞き方ができます。

  • 「この提示額は、現預金と借入をどう扱う前提の数字ですか?」
  • 「この取引で金額が動く可能性が高いポイントはどこですか?」
  • 「社長の手元に残る金額は、どのくらいの幅で見ておくのが現実的ですか?」

この聞き方なら、相手の説明が弱くても、こちらの側で「必要な情報」を引き出しやすくなります。そして何より、社長が不安を言語化できるので、相談そのものが前向きな一歩になります。

最後に 売却益が見えると交渉の不安が減る

会社売却の交渉がしんどくなる一番の理由は、社長が弱いからでも、知識が足りないからでもありません。多くの場合、「数字がどうつながっているか」が見えない状態で決断を迫られるからです。

提示額、条件、支払い時期、調整項目。どれも大事なのに、説明が分散していると、頭の中では一つの数字として処理できないまま進んでしまいます。

でも、売却益が見えるようになると、交渉の不安は確実に減ります。なぜなら、判断の軸が「相手の言う価格」ではなく、「自分にとっての納得できる結果」に戻るからです。

価格の比較は 売却益の比較 に置き換える

買い手が複数出てきたり、提案がいくつか並んだりすると、つい「どっちが高いか」で比較したくなります。これは自然な感覚です。

ただ、ここで一度立ち止まってほしいのは、価格の数字だけで比較すると、判断を間違えやすいという点です。同じ「1億円」でも、

  • いつ入るのか
  • どこが確定でどこが条件付きか
  • どんな費用が引かれるか
  • 調整が入りそうな項目があるか

で、社長の手元に残る感覚は変わります。

だから比較の軸は、売却価格ではなく、売却益(さらに言えば手取りに近い数字)に置き換える方が、判断がラクになります。

具体的には、提案を受け取ったら、こんな並べ方にしてみてください。

見るポイント 提案A 提案B
確定で受け取れる金額 〇〇円 〇〇円
条件付きの金額 〇〇円(条件:〇〇) 〇〇円(条件:〇〇)
受け取り時期 一括 / 分割 一括 / 分割
差し引かれそうな費用 〇〇円 〇〇円
調整が入りそうな項目 あり / なし あり / なし

この表を作るだけで、「高く見える提案」が本当に良いのか、それとも「確実に残る提案」の方が自分に合うのかが、冷静に見えてきます。

交渉は、相手の提示額に反応するゲームではありません。社長にとっては、納得して決めるための選択です。だからこそ、比較の単位を「価格」から「売却益」に変えることが、精神的な負担を下げます。

不安が残るなら 数字の根拠 を先に出してもらう

売却の話で不安が残るとき、多くの場合は「金額そのもの」ではなく、その金額の根拠が見えないことが原因です。

逆に言えば、根拠が見えると、たとえ希望より低い金額でも、「なるほど」と腹落ちしやすくなります。だから、モヤモヤしたまま前に進むより、根拠を先に出してもらう方が、安全です。

このときのコツは、詰める言い方ではなく、整理する言い方で聞くことです。たとえば、こんな聞き方ができます。

  • 「この金額は、何を前提にした数字ですか?」
  • 「確定している部分と、まだ動く部分を分けて教えてもらえますか?」
  • 「現預金と借入は、どう扱う前提の金額ですか?」
  • 「調整が入りうる項目は何で、どのタイミングで確定しますか?」

もし相手の説明が弱い場合でも、こちらがこうやって「必要な枠」を用意して質問すると、会話が整理されます。特に、売却益の概算シートを作っていると、

「この空欄を埋めたいので、ここだけ教えてください」

と、短く伝えられるので、角が立ちにくく、やり取りもスムーズになります。

交渉は、正しさを競う場ではなく、納得できる条件を作る場です。不安が残るときほど、感情で頑張るのではなく、数字の根拠を先に出してもらう。それだけで、交渉の疲れ方が変わってきます。

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