東京で専門サービスの会社を営んでいると、会社の強みと社長個人の経験が重なりやすくなります。顧客から相談される理由、見積りの判断、成果物の品質、担当者への信頼。事業承継では、こうした無形の仕事を誰がどのように引き継ぐかが課題になります。
この記事では、東京都統計年鑑の「学術研究、専門・技術サービス業」の事業所数と従業者数を使い、23区の分布を整理します。そのうえで、帝国データバンクの「専門サービス」の後継者不在率を別の調査として紹介し、顧客、専門人材、案件、権利の引継ぎを考えます。統計の区分は一致しないため、数字を一つの母集団として扱いません。
まず、統計の対象と時点をそろえる
「専門サービスの会社数」を直接数えた表ではない
地域別の分布に使うのは、東京都統計年鑑令和6年の第8-1表です。基になっている調査は2021年6月1日現在の経済センサスで、年鑑の年と実際に数えた時点は異なります。本記事の事業所数は2021年の分布であり、2026年現在の会社数や売却案件数を示すものではありません。
対象は産業大分類の「学術研究、専門・技術サービス業」です。学術・開発研究機関、専門サービス、広告、技術サービスなどを含む広い区分です。読者の会社がどの分類に入るかは、名前や肩書きだけでなく主な事業の内容に関わります。特定の士業、設計会社、コンサルティング会社だけの数として読み替えないでください。
事業所は、経済活動を行う場所を単位とします。一つの企業が複数の事業所を持つ場合があり、逆に個人で運営する事業所も含まれます。事業所数が多い区を見つけても、それだけで中小企業の売却候補が多い、後継者が不足していると結論づけることはできません。
| 資料・指標 | 対象 | 読取りの範囲 |
|---|---|---|
| 事業所数・従業者数 | 2021年の学術研究、専門・技術サービス業 | 広い産業区分の拠点と人の分布 |
| 区内割合 | 同表の各区の全産業を分母に計算 | 地域の産業構成。売却価格ではない |
| 後継者不在率 | TDBの2025年の専門サービス企業 | 経済センサスと分類・母集団が異なる |
| 自社の資料 | 顧客、案件、人材、権利、経営 | 具体的な引継ぎを検討する材料 |
分布は地域を知る入口、承継は自社の実態から考える
統計は、どこに事業活動の拠点や働く人が集まっているかを見る資料です。一方、具体的な承継では、現在の顧客構成、業務、契約、担当者、資金繰りを確かめます。地域の数字が自社の強みや価値を代わりに説明してくれるわけではありません。まず全体像を知り、次に自社の仕事へ視点を戻す順番が有効です。
本記事では、事業所数、従業者数、各区の全産業に占める事業所割合を分けて示します。数が多いことと、その区の産業構成における割合が高いことは異なります。また、一事業所当たりの従業者数を計算しても、平均値から各社の規模や業績を決めつけることはできません。
事業所数は港区、千代田区、中央区の順に多い
2021年の学術研究、専門・技術サービス業は、東京都全体で50,886事業所、従業者624,126人です。区部は44,101事業所、従業者563,378人となっています。都全体の数字には多摩地域や島しょ地域も含まれるため、23区だけの結果と混同しないようにします。
区別では、港区が6,011事業所、千代田区が5,717事業所、中央区が4,360事業所、渋谷区が4,181事業所、新宿区が4,123事業所です。この五区の合計は24,392事業所で、区部44,101事業所の55.31%を占めます。都心の複数の区に事業所が集まる分布が確認できます。
ただし、この結果だけでは、集積した理由や顧客の所在地までは分かりません。事務所が港区にあっても、顧客が全国に分布する会社はあります。地域の集積を営業や提携の検討に使う場合は、自社の顧客がいる場所、対面での対応が必要な仕事、協力会社との関係も合わせて確認します。

事業所の数と、従業者の数を組み合わせる
従業者数では、千代田区が135,141人、港区が111,057人、新宿区が58,365人です。事業所数では港区が最も多い一方、従業者数では千代田区が上回っています。同じ産業区分でも、拠点の数と働く人の集まり方が同じ順番になるとは限りません。
一事業所当たりを計算すると、千代田区は約23.6人、港区は約18.5人、新宿区は約14.2人です。これらは集計上の平均であり、典型的な事業所の人数や中央値ではありません。大きな組織の存在が平均に影響することもあります。従業者の定義も、正社員だけの人数とは異なります。
自社の承継を考える際には、単に「何人いるか」よりも、担当業務と代替できる人を確かめることが重要です。営業、案件管理、専門的な判断、納品前の確認、請求、採用など、仕事を分解すると、社長に集中する部分と組織で回せる部分が見えてきます。
23区の事業所数・従業者数を一覧で確認する
以下は、同じ統計表の学術研究、専門・技術サービス業を事業所数の多い順に並べた一覧です。区内割合は、当該産業の事業所数をその区の全産業の民営事業所数で割って計算しています。各区内での産業構成を比較するための指標です。
| 区 | 事業所数 | 従業者数 | 区内割合 |
|---|---|---|---|
| 港区 | 6,011所 | 111,057人 | 14.64% |
| 千代田区 | 5,717所 | 135,141人 | 15.88% |
| 中央区 | 4,360所 | 48,690人 | 12.78% |
| 渋谷区 | 4,181所 | 46,164人 | 12.56% |
| 新宿区 | 4,123所 | 58,365人 | 12.46% |
| 世田谷区 | 2,060所 | 9,377人 | 7.49% |
| 豊島区 | 1,914所 | 17,867人 | 10.00% |
| 台東区 | 1,479所 | 13,525人 | 6.46% |
| 文京区 | 1,465所 | 11,652人 | 10.65% |
| 杉並区 | 1,426所 | 5,648人 | 7.40% |
| 品川区 | 1,381所 | 26,182人 | 6.94% |
| 大田区 | 1,287所 | 8,727人 | 4.51% |
| 練馬区 | 1,195所 | 4,664人 | 5.87% |
| 目黒区 | 1,044所 | 8,662人 | 8.51% |
| 江東区 | 943所 | 16,200人 | 4.85% |
| 中野区 | 892所 | 9,828人 | 7.46% |
| 板橋区 | 821所 | 3,715人 | 4.76% |
| 足立区 | 805所 | 3,702人 | 3.48% |
| 江戸川区 | 699所 | 4,056人 | 3.53% |
| 墨田区 | 675所 | 5,435人 | 4.53% |
| 北区 | 666所 | 6,616人 | 5.69% |
| 葛飾区 | 561所 | 2,739人 | 3.60% |
| 荒川区 | 372所 | 3,471人 | 4.46% |
区部合計には境界未定地域が含まれます。このため、上の23区の事業所数を足すと44,077所となり、区部44,101所とは24所の差があります。これは本文と表で対象をそろえる際に確認しておきたい点です。本記事では上位五区の構成比に区部合計を使い、区内割合には各区の全産業の数を使っています。
千代田区は区内の全事業所に占める割合も高い
区内割合は、千代田区15.88%、港区14.64%、中央区12.78%、渋谷区12.56%、新宿区12.46%の順です。今回の区分では、事業所数の上位と割合の上位に同じ五区が入りますが、順番は同じではありません。千代田区は事業所数では港区に次ぎ、割合では最も高くなっています。
割合が高いことは、その地域の事業所構成で当該産業の比重が大きいことを意味します。受注しやすい、利益率が高い、売却価格が上がるといったことを直接示してはいません。競合、顧客、専門人材との距離など、個別の経営判断には別の材料が必要です。

「専門サービス」の後継者不在率は、別の企業調査として読む
帝国データバンクの東京都・後継者不在率動向調査では、2025年の専門サービスの後継者不在率は58.4%です。2024年の61.6%から3.2ポイント低下しています。東京都全業種の2025年の後継者不在率は47.9%で、専門サービスはこれを上回っています。
同調査は、2023年10月から2025年10月にかけて、承継状況を分析できた東京都の企業54,135社を対象としています。後継者が不在または未定の企業は25,932社です。全企業を対象にした経済センサスとは調査の方法も母集団も異なります。
| 東京都の調査区分 | 2024年 | 2025年 | 変化 |
|---|---|---|---|
| 専門サービス | 61.6% | 58.4% | 3.2ポイント低下 |
| 全業種 | 51.1% | 47.9% | 3.2ポイント低下 |
出典:帝国データバンク「東京都・後継者不在率動向調査(2025年)」。広い産業大分類全体や区別の率ではありません。
58.4%を、区別の事業所数に掛けない
帝国データバンクの「専門サービス」と、経済センサスの「学術研究、専門・技術サービス業」は、同じ範囲の業種を示す名称ではありません。また、前者は企業の承継状況、後者は事業所の分布を扱っています。二つの数字を掛けて、区ごとの後継者不在企業数や売却対象数を推計することはしません。
後継者が未定だからといって、すべての企業がすぐに会社売却を希望しているとも限りません。親族内承継、従業員への承継、第三者への承継などを検討している途中の企業も考えられます。数字は準備の必要性を考える材料とし、個々の会社の事情を決めつけないことが大切です。
自社については、候補者がいるかだけでなく、その人が何を担えるかを確認します。専門的な判断ができても、採用や資金繰りは未経験かもしれません。社長の仕事を専門業務と経営業務に分けると、後継者の育成と、別の人材や外部支援で補う範囲を考えやすくなります。
専門サービスの承継では「何を引き継ぐか」を具体的にする
顧客との関係を、社長の記憶から共有できる情報へ
顧客が継続して依頼する理由は、契約書だけでは分からないことがあります。どんな相談を受けるか、何を重視する担当者か、過去の提案がなぜ採用されたか、対応で注意する点は何か。こうした情報を整理すると、後任が引継ぎの説明をするときの材料になります。
ただし、顧客情報を何でも詳しく記録し、自由に共有してよいわけではありません。守秘義務や個人情報の取扱い、契約上の制約を確認し、誰にどの段階で共有できるかを決めます。買い手候補への情報開示と、成立後の担当者への引継ぎは、目的も時点も異なります。
案件ごとの採算と、未完了の仕事を把握する
継続契約、単発の案件、追加作業、成功条件のある報酬などを分け、どの売上がどの仕事に対応しているかを確認します。月の売上だけでは、今後必要になる作業量や、まだ請求できていない仕事が見えにくい場合があります。案件ごとの進み具合、担当者、納期、検収、請求の状態を一覧にします。
引継ぎ時点で残る仕事については、誰が対応し、追加費用が生じた場合にどう扱うかを整理します。長期案件では、過去の成果物に関する問い合わせや修正依頼が後から届くこともあります。過去の説明や判断の記録を確認できる場所を決めておくと、後任が一から調べ直す負担を減らせます。
専門人材と、品質を確かめる仕組みを分ける
資格や経験を持つ担当者の存在は重要ですが、それだけで組織として仕事を続けられるとは限りません。誰が担当を割り振り、どこで品質を確認し、困ったときに誰へ相談するのかを整理します。複数人の確認が必要な仕事と、一人で完結できる仕事を区別すると、育成の順番も決めやすくなります。
資格、登録、許認可が関わる業務では、事業の譲渡や経営体制の変更によって必要な対応が変わることがあります。個人の資格や信用を、そのまま法人の財産として移せると考えないことが重要です。事業の具体的な形態に応じて、所管機関や専門家へ確認してください。
| 確認対象 | 最初に整理すること | 引継ぎで確かめる点 |
|---|---|---|
| 顧客 | 契約、担当、依頼の背景 | 説明の窓口と情報の共有範囲 |
| 案件 | 進捗、納期、検収、請求 | 未完了の仕事と追加対応の責任 |
| 人材 | 専門性、担当、判断する範囲 | 育成、代替、必要な資格等の確認 |
| 品質 | 確認手順、相談先、過去の判断 | 後任が同じ基準で対応できるか |
| 権利・情報 | 成果物、契約、利用権、管理者 | 引渡しや利用が可能な範囲 |
| 経営 | 営業、採用、資金繰り、決裁 | 社長の仕事を誰へ移すか |
成果物、知的財産、システムの権利を確認する
「自社が使っているもの」と「自社が権利を持つもの」を区別する
設計資料、調査結果、写真、文章、ソフトウェア、業務のひな型など、日常的に使っているものの権利関係を整理します。自社が作成していても、契約によって顧客や共同事業者との関係が定められている場合があります。外注した成果物や第三者の素材も、利用できる範囲を確認する対象です。
会社売却の準備では、何を引き渡せるかを先に断定せず、契約書や利用規約の所在を確かめます。買い手から「全資料を共有してほしい」と言われた場合でも、顧客との約束を確認してから開示範囲を決めます。資料の保管場所、アクセス権、バックアップも合わせて整理してください。
情報管理の担当者が退任した後も運用できるようにする
クラウドサービス、ドメイン、ウェブサイト、メール、共有フォルダなどが、社長個人のアカウントや支払いに結び付いている場合があります。管理者、契約名義、料金の支払元、更新日を確認し、承継後に必要な変更を一覧にします。パスワードを一覧にして誰にでも渡すこととは異なります。
実際のアカウント移管は、サービスの規約と社内の情報管理に合わせて進めます。必要な人に必要な権限を付与し、旧担当者の権限をいつ整理するか決めます。引継ぎの確認では、単にファイルを渡したかではなく、後任が正しい権限で必要な情報を利用できるかを確かめます。
売却を考える前に、自社の説明資料をそろえる
最初から大きな企業紹介資料を作る必要はありません。主な事業、顧客層、売上構成、専門人材、継続契約、社長の担当業務を一枚ずつ整理すると、どこに不足があるか分かります。数字は対象期間と集計方法をそろえ、分からない事項は確認中として残します。
特に、社長が担当する売上と、組織で対応できる売上を分けて見ることは有効です。社長が退任しても続けられる業務、一定期間の同行が必要な業務、別の専門人材を確保する必要がある業務を整理します。ただし、これらの区分を機械的に売却価格へ換算するものではありません。
買い手候補には、従業員や既存顧客の継続対応だけでなく、専門性をどう理解し、どのように経営を支えるかを聞きます。新たな顧客紹介、採用、管理業務、システムなどの提案があれば、実行する担当者と予算を確認します。「相乗効果がある」という説明を、具体的な仕事に置き換えることが大切です。
引継ぎの完了は、資料を渡した日だけで決めない
専門サービスの仕事では、例外的な相談や判断に価値があることも少なくありません。そのため、通常の業務手順を伝えた後も、過去の案件を使って判断の理由を共有するなど、実務に即した確認が必要です。後任が説明し、旧経営者が補足する機会を設ける方法も考えられます。
旧経営者が残る場合は、期間、担当業務、稼働、報酬、最終判断する人を明確にします。顧客から直接連絡を受けたときの取次ぎ先も決めます。いつまでも旧社長だけが回答している状態では、後任との関係が育ちにくくなるためです。具体的な支援と責任の範囲は契約で確認します。
従業員への説明では、仕事の進め方、評価、顧客対応、相談窓口など、日々の業務に関わる事項を整理します。未定のことを確定したように伝えず、回答の担当者と次の説明時期を示します。承継は株主や代表者を変えるだけでなく、現場が迷わず仕事を続けられる体制を作る作業でもあります。
引継ぎの進捗は、顧客対応、案件の納品、請求、品質確認などの仕事ごとに確認します。担当者の名前と完了条件を決めれば、説明を受けた状態と、一人で運用できる状態を区別できます。
地域の集積を知り、自社の仕事を引き継げる形にする
学術研究、専門・技術サービス業の事業所は、港区、千代田区、中央区、渋谷区、新宿区に多く集まっています。ただし、地域の集積と、自社の承継の難しさや売却条件は別の問題です。業種の幅、調査年、企業と事業所の違いを押さえて数字を読むことが出発点になります。
準備の第一歩は、顧客、案件、人材、権利、情報管理の所在を明らかにすることです。社長が持つ判断や関係を、後任が理解できる情報と経験へ移していきます。親族、従業員、第三者のいずれへ承継する場合も、この整理が具体的な相談を進める材料になります。
参考資料・集計方法
- 東京都統計年鑑 令和6年 第8-1表:2021年経済センサスの民営事業所数・従業者数を使用。
- 総務省統計局 2021年経済センサス 大分類L(PDF)
- 帝国データバンク 東京都・後継者不在率動向調査(2025年)
- 中小機構 第三者承継支援について
区内割合、上位五区の構成比、平均人数はKAKEHASHI編集部計算。区部合計は境界未定地域を含みます。経済センサスの学術研究、専門・技術サービス業とTDBの専門サービスは別の区分として扱い、区別の後継者不在企業数は推計していません。
買い手探しの方法はM&Aマッチングサービスの使い方、売却後の体制づくりはPMIと引継ぎの進め方、地域別の製造業データは東京の製造業の分布と承継をご覧ください。