会社売却を考え始めると、すぐに買い手を探したくなるかもしれません。
ただし、準備をしないまま相手探しを始めると、質問に答えられない、希望条件が揺れる、後から問題が見つかって価格が下がるといったことが起こりやすくなります。
会社売却前にやるべきことは、会社を必要以上によく見せることではありません。現状を整理し、問題と希望条件を説明できる状態にすることです。
この記事では、中小企業のオーナー経営者が売却活動を始める前に確認したい項目を、実際に進めやすい順番で整理します。
会社売却前に確認したい9つの準備

すべてを完璧にしてから相談する必要はありません。まず現状を把握し、すぐ直せること、時間をかけて直すこと、買い手へ説明することの三つに分けます。
| 準備項目 | 最初に行うこと | 主な目的 |
|---|---|---|
| 1. 売却目的と条件 | 譲れない条件と優先順位を書く | 交渉中の判断ぶれを防ぐ |
| 2. 株主・意思決定 | 株主名簿と定款を確認する | 売却できる状態か確かめる |
| 3. 財務・税務 | 決算書と実態との差を整理する | 収益力とリスクを説明する |
| 4. 契約・資産・許認可 | 名義と承継条件を一覧にする | 事業を引き継げるか確認する |
| 5. 借入・経営者保証 | 残高、担保、保証を確認する | 売却後に残る負担を防ぐ |
| 6. 人と業務 | 社長依存とキーパーソンを整理する | 引継ぎ後の継続性を示す |
| 7. 問題点 | 簿外債務や紛争などを洗い出す | 後出しによる信頼低下を防ぐ |
| 8. 税金・手取り | 譲渡方法ごとに概算する | 売却価格だけで判断しない |
| 9. 支援機関 | 業務範囲と手数料を比較する | 自社に合う進め方を選ぶ |
1.売却の目的と希望条件を言葉にする
最初に決めたいのは価格だけではありません。なぜ会社を売るのか、売却後に何を残したいのかを整理します。
- 従業員の雇用をできるだけ維持したい
- 会社名や店舗名、ブランドを残したい
- 取引先への供給を継続したい
- 借入金と経営者保証を整理したい
- 一定期間は引継ぎに協力できる
- 退任時期や売却代金の受取時期に希望がある
条件が多い場合は、「必ず守りたい」「できれば守りたい」「条件次第で譲れる」に分けます。すべてを同じ強さで求めると、買い手候補が狭くなり、交渉も進みにくくなります。
会社売却の全体像から確認したい場合は、会社売却とは何かを整理した記事も参考にしてください。
2.株主と社内の意思決定を確認する
株式譲渡では、売主は会社ではなく株主です。社長が売却したいと考えていても、株式が親族や元役員へ分散していれば、希望どおりに進められないことがあります。
株主名簿、定款、過去の株式譲渡や相続の記録、株券の発行状況などを確認します。名義だけを借りている株式や、連絡の取れない株主がいる場合は、早めに弁護士や司法書士へ相談します。
また、取締役会や株主総会でどの手続きが必要になるか、譲渡制限株式の承認機関がどこかも定款で確認します。
3.決算書と会社の実態との差を整理する
買い手が知りたいのは、決算書に書かれた利益だけではありません。その利益が今後も続くのか、社長交代後にも再現できるのかを確認します。
直近3期分を中心に、次のような項目を整理します。
- 一時的な売上や費用
- 役員報酬、役員保険、社用車などオーナー関連費用
- 会社とオーナー個人の貸付金・借入金
- 回収が難しい売掛金、長期間動いていない在庫
- 帳簿に載っていない債務や将来発生し得る支出
- 設備投資を止めていることによる将来負担
不要な費用を減らすこと自体は有効ですが、売却前だけ不自然に経費や人員を削ると、事業の継続性を損ねます。数字を整えるときは、通常の事業運営に必要な費用まで削らないことが大切です。
準備資料の具体例は、会社売却で必要な書類の一覧で確認できます。
4.契約・資産・許認可を引き継げるか確認する
売上が安定していても、重要な契約や許認可を引き継げなければ、買い手が想定した事業を続けられません。
主要顧客・仕入先との契約、店舗や事務所の賃貸借契約、代理店契約、リース、システム利用契約、商標、ドメイン、SNSアカウントなどを一覧にします。契約に株主変更時の通知・承諾や解除条項がないかを確認します。
許認可は、株式譲渡なら法人に残るもの、代表者変更などの届出が必要なもの、事業譲渡では買い手が取り直すものがあります。業種ごとに扱いが異なるため、所管官庁や専門家へ確認します。
5.借入金・担保・経営者保証を一覧にする
会社を売却しても、経営者保証が自動的に解除されるとは限りません。金融機関別に借入残高、返済予定、担保、保証人、財務制限条項をまとめます。
売却代金で返済するのか、買い手が借入のある会社を引き継ぐのか、保証解除をどの時点で確認するのかによって、必要な交渉が変わります。
中小企業庁は、事業承継時の経営者保証解除に向けた支援策をまとめています。保証がある場合は、M&A支援機関だけでなく金融機関とも早めに話し合います。
6.社長がいなくても回る部分を増やす
中小企業では、営業、採用、仕入れ、資金繰り、品質管理が社長一人に集まっていることがあります。社長依存が高いほど、買い手は売却後の売上低下や人材流出を心配します。
- 社長しか知らない取引条件を記録する
- 主要業務の手順と判断基準を文書化する
- 顧客との関係を担当者や幹部にもつなぐ
- 資格者や現場責任者の退職リスクを確認する
- 引継ぎ期間に社長が担当する仕事を決める
売却検討を従業員へ早く伝えすぎる必要はありません。秘密保持を優先しつつ、開示の時期と説明する人を支援機関と決めます。
7.問題を隠さず、説明と対策を用意する
税務上の不備、未払残業、顧客クレーム、訴訟、許認可の更新漏れ、口頭だけの重要契約などがあっても、見つかった時点で会社売却が不可能になるとは限りません。
問題は、次の三つに分けて整理します。
- 売却活動の前に直すもの:変更登記、規程や契約の不足など
- 一定期間をかけて改善するもの:利益率、顧客依存、社長依存など
- 買い手へ開示し、条件で対応するもの:係争、保証、過去の税務論点など
デューデリジェンスで後から判明すると、価格調整だけでなく、売主への信頼にも影響します。「聞かれなかったから説明しない」ではなく、重要性を専門家と確認して開示方法を決めます。
8.税金と手取り額を先に試算する
同じ売却価格でも、株式譲渡か事業譲渡か、売主が個人か法人かによって税金と手取りは変わります。
個人株主が非上場株式を譲渡した場合、譲渡益は原則として譲渡価額から取得費と譲渡費用を差し引いて計算します。一般株式等の譲渡益は、所得税15%、住民税5%の申告分離課税が基本で、別途、所得税に対する復興特別所得税があります。
取得費が分からない、退職金を組み合わせる、会社に不動産がある、売却代金を分割で受け取る場合などは計算が複雑になります。価格交渉が進んでから初めて税額を知るのではなく、複数の案を税理士へ確認します。
9.支援機関は手数料だけで決めない
M&A仲介会社、売主側FA、金融機関、税理士、公認会計士、弁護士など、相談先によって業務範囲と立場が異なります。
中小企業庁の「中小M&Aガイドライン(第3版)」では、契約前に業務内容、手数料、相手方から受け取る手数料、直接交渉の制限、専任条項、契約期間などを確認する考え方が示されています。
- 誰の立場で助言するのか
- 着手金、中間金、成功報酬、最低手数料はいくらか
- 企業価値算定、資料作成、買い手探し、交渉のどこまで含むか
- 契約を途中で終える場合の条件は何か
- 売却しなかった場合に発生する費用はあるか
- 担当者が同業種・同規模の案件を理解しているか
登録支援機関は、M&A支援機関登録制度のデータベースでも検索できます。登録の有無だけで判断せず、契約内容と担当体制まで確認します。
会社売却前に避けたい三つの行動
一人で買い手候補へ連絡する
相手企業が同業の場合、社名や顧客情報を伝えただけでも事業へ影響することがあります。匿名での打診、秘密保持契約、情報開示の順番を決めてから進めます。
売却のためだけに数字をよく見せる
必要な設備投資や採用を止め、在庫や修繕を先送りすると、短期的に利益が増えても事業価値を損ねることがあります。会計処理を変える場合も、継続性と説明可能性を重視します。
契約書を読まずに専任契約を結ぶ
手数料率だけを見て契約すると、最低手数料、テール条項、直接交渉の制限などを後から知ることがあります。契約前に不明点を質問し、必要に応じて弁護士の確認を受けます。
準備の進め方を時系列で整理する
| 時期の目安 | 主な作業 |
|---|---|
| 最初の2週間 | 売却目的、希望条件、株主、借入、重要な問題点を整理する |
| 1カ月目 | 決算・税務・契約・労務資料の所在を確認する |
| 2〜3カ月目 | すぐ直せる不備を改善し、事業と収益力を説明できる資料を作る |
| 3カ月目以降 | 支援機関と打診先、開示範囲、希望スケジュールを決める |
実際の期間は、会社規模、株主数、許認可、業績、希望条件によって異なります。準備期間の考え方は、会社売却の準備期間と進め方で詳しく紹介しています。
会社売却前の簡易チェックリスト
- 売却理由と優先条件を説明できる
- 株主と持株比率を確認できる
- 直近3期の決算書と最新試算表がある
- 会社とオーナー個人の取引を説明できる
- 主要契約、許認可、知的財産の名義が分かる
- 借入残高、担保、経営者保証が分かる
- 社長不在時に止まる業務を把握している
- 税務・労務・法務上の懸念を洗い出している
- 売却価格だけでなく手取り額も試算している
- 情報を開示する相手と順番を決めている
未確認の項目があっても、相談は始められます。大切なのは、分からないことを分からないままにせず、確認する順番を決めることです。
会社売却前の準備に関するよくある質問
赤字でも会社売却の準備を始められますか
始められます。赤字の理由、一時的な要因、保有資産、顧客・人材・許認可など、買い手が評価できる要素を整理します。赤字を隠すのではなく、改善可能性を説明できる状態にします。
従業員にはいつ伝えるべきですか
会社の状況や取引段階によります。早すぎる開示は不安や退職につながる一方、最終段階まで一部の幹部協力が必要になる場合もあります。開示する人、時期、説明内容を支援機関や弁護士と決めます。
準備が終わるまでM&A会社へ相談しない方がよいですか
すべてが揃うまで待つ必要はありません。直近の決算書、株主、借入、希望条件が分かれば、初回相談は可能です。契約を結ぶ前に、相談先の立場、業務範囲、手数料を比較します。
準備中に業績が悪化した場合はどうしますか
通常どおり事業の立て直しを優先し、業績悪化の理由と対策を記録します。売却を急ぐか、改善を待つかは、資金繰りと買い手候補への影響を見ながら判断します。
主な出典
- 中小企業庁「中小M&Aガイドライン(第3版)」(2024年8月改訂)
- 中小企業庁「事業承継時の経営者保証解除に向けた総合的な対策」
- M&A支援機関登録制度「登録支援機関データベース」
- 国税庁「株式等を譲渡したときの課税(申告分離課税)」
※本記事は、会社売却前の一般的な準備事項を整理したもので、特定の取引、売却方法、価格、税務・法務上の取扱いを推奨または保証するものではありません。必要な対応は、会社の状況、譲渡手法、契約、業種、法令・制度の変更によって異なります。個別の判断は、弁護士、税理士、公認会計士、司法書士、社会保険労務士、M&Aの専門家、金融機関、所管行政機関等へご確認ください。