経営者や企業オーナーにとって、事業の継承は重要な課題の一つです。
しかし、後継者を見つけることは簡単なことではありません。
そこで登場するのが「後継者人材バンク」です。
後継者人材バンクは、事業の引き継ぎを考えている経営者と、事業を継ぎたい志を持つ後継者候補をマッチングするサービスです。
本記事では、後継者人材バンクの登録からマッチングまでの流れを詳しく解説し、利用する際のメリットやデメリットについてもご紹介します。
後継者問題に取り組む方々にとって、後継者人材バンクがどのように役立つのか、参考にして頂けましたら幸いです。
後継者人材バンクとは?
後継者人材バンクは、中小企業や個人事業主の事業承継を円滑に進めるための公的支援策です。このバンクは、公的機関である事業承継・引継ぎ支援センターによって全国の都道府県ごとに運営されており、中小企業庁からの委託事業の一部として設置されています。
主なサービスとして、事業を承継したいと考えている個人起業家を名簿に登録し、後継者を求める中小企業や個人事業主とのマッチングをサポートする役割を担っています。具体的には、後継者不在の企業や事業主からの相談を受け、条件に合致する起業家を紹介し、双方の面会をセッティングします。事業承継の合意が得られた場合には、後続の手続きや、専門家の紹介などもサポートセンターが行うサービスとして提供されています。
各都道府県には、基本的には1つの事業承継・引継ぎ支援センターが設けられていますが、例外的に東京都では東京と多摩地域の2箇所にセンターが存在します。また、地域やセンターによっては、後継者人材バンクとは異なる呼称、例えば「後継者バンク」などで呼ばれることもある点に注意が必要です。
サービスの利用において、事業承継・引継ぎ支援センター自体に費用は発生しないものの、紹介を受けた専門家に業務を依頼する場合には、その手数料が必要となる場合があります。
なぜ後継者人材バンクができたのか?
中小企業の後継者不足が大きな問題に
中小企業及び小規模事業者の中には、後継者を見つけることが難しいという課題を抱える場合が多く見受けられます。この後継者不足の背景には、事業承継への取り組みが適切に行われず、タイミングを逃すことで後継者を育成できなかったケースも少なくありません。
帝国データバンクの2022年の調査によれば、後継者不在の企業が57.2%と、2011年以降で初めて6割を切る数値となっています。しかし、この数値は一見して安心するものではなく、特に60歳以上の経営者の中で、将来の廃業を考えているものが半数を超えており、その理由の約3割が「後継者難」という現実を示しています。
中小企業の持つ技術やノウハウ、地域社会との結びつきなど、これらの企業が持つ価値を継続させるためには、後継者の確保は避けて通れない課題です。このような背景から、後継者人材バンクが設立され、事業承継に関する様々なサポート、特にマッチングや引継ぎの支援を提供しているのです。
事業承継の後継者探しに課題
中小企業の経営者にとって、事業承継は非常に重要なテーマでありながら、同時に多くの課題を抱える領域でもあります。中小企業庁の事業承継マニュアルを参照すると、経営者が事業承継に向けて直面する主要な悩みや課題が浮き彫りとなります。
①日常業務に追われる
中小企業の経営者は日々の業務に手一杯となりがちで、事業承継の重要なステップを前に進める時間やリソースを確保するのが難しい。
②事業承継の進め方が不明確
事業承継の具体的な手順や始めるべきステップが不明確であるため、いつ、どこから取り組むべきかの判断が難しくなってしまう。
③信頼できる相談相手の不在
事業承継に関する相談を誰にすれば良いのか、適切なアドバイザーやサポート機関を見つけるのが一苦労となる。
これらの課題を背景に、後継者人材バンクは生まれました。経営者と後継者をスムーズにマッチングさせ、事業承継の手続きが円滑に行えるよう、事業承継・引継ぎ支援センターが一連のプロセスをサポートします。これにより、経営者は事業継続のための正しいステップを踏み出し、後継者との連携を強化できるのです。
事業承継を活用した起業の活発化
近年、日本は明確な起業の波に乗っています。多くの若者や経験豊富な中高年層が新しいビジネスやアイディアを追求し、社会に変化をもたらそうとしています。しかしながら、多くの起業志望者は、初期資金の調達、必要な業界知識の欠如など、様々な障壁に直面しています。
起業とは、未知の海への冒険に似ています。新しい市場や商品を開拓し、成功するための方法を模索しながら、多くの挫折や失敗も経験する必要があります。しかし、すでに成功している事業を受け継ぐことで、新しいビジネスオーナーは、確立された市場や顧客基盤を持つビジネスを手に入れることができます。
事業承継を利用した起業は、新たなビジネスモデルをゼロから作り上げるよりも、リスクを大幅に減少させる利点があります。これは、既存の顧客、ブランド、ネットワークを活用できるからです。
後継者人材バンクは、このような背景を踏まえ、事業承継を活用した起業の方法を提供しています。新しいビジネスオーナーと既存の事業主をマッチングさせ、双方のニーズを満たすことで、事業継続と新たなビジネスの創出を同時に促進しているのです。
事業承継対策としてのM&A活用
近年、日本の企業環境は大きく変動しています。伝統的な親族間での事業承継は減少の一途をたどり、社内承継も難しくなってきています。この背景には、多くの中小企業が抱える人手不足の問題が影響しています。結果として、多くの企業が後継者を持たずに経営を続ける窮状に立たされているのが現状です。
このような中、日常業務に追われる中小企業経営者にとって、新しい後継者を育てることは難しい課題となっています。そこで、企業の存続と発展のために目を向けられるようになったのが、M&Aを利用した事業承継です。
かつて、M&Aは企業の身売りを意味するようなネガティブなイメージを持たれていました。しかしながら、時代が変わり、M&Aは企業の成長や存続の新たな手段として再評価されるようになりました。事業承継の形としてM&Aを選ぶことで、経営のノウハウや企業文化を継承しつつ、新しい風を取り入れるチャンスも得られるのです。
このように、M&Aを活用した事業承継は、中小企業の新しい風景を創り上げる大切な一環となっており、後継者人材バンクがその橋渡しの役割を果たしています。
経営者ご自身でM&Aを進めるのが難しい現実
M&Aの導入が増えてきた現代、多くの経営者が事業承継の選択としてこれを検討しています。しかし、M&Aの道を進むには様々な困難が待ち構えています。たとえ経営者がM&Aの意志を持っていても、理想の買い手を見つけるのは容易ではなく、時には買い手との交渉が難航することも珍しくありません。その障壁は、条件面での齟齬や、経営方針の不一致といった複雑な要因に起因します。
経営者がM&Aによる事業承継を選択しないと、結果として企業は廃業の道を選ばざるを得なくなります。これは特に中小企業や零細企業にとって切実な問題です。なぜなら、彼らは大手企業とは異なり、特有の技術やノウハウ、設備を持っており、その喪失は経済界全体にも影響を及ぼすからです。
結論として、M&Aは有効な事業承継の手段でありながらも、経営者自身がスムーズに進めるのは難しいのが現実です。それに伴い、事業の価値を正しく評価し、適切なマッチングを支援する仕組みの必要性が高まっています。
後継者人材バンクの利用からマッチングまでの流れ
①利用の申込み
事業の承継を希望する中小企業経営者や起業を目指す者は、後継者人材バンクへの利用を検討する第一歩として、利用の申込みを行います。この段階では、経営者や起業希望者の基本的な情報や希望条件などを提供することが求められます。
②相談員との面談
申込み後、事業承継・引継ぎ支援センターの専門相談員との面談がセットされます。この面談では、具体的な希望や条件、事業の状況や後継者としての資質を詳しくヒアリングします。起業の意欲や事業承継の意向についても詳しく確認されることとなります。
③引継ぎ先とのマッチング及び条件等の相談
ヒアリングの結果を基に、事業承継・引継ぎ支援センターがマッチングのプロセスを進めます。一致する条件や希望を持つ企業や起業希望者を見つけた際には、初期の打診を行い、条件の詰めを行います。このステージでは、具体的な事業内容、価格、引継ぎの詳細などが話し合われます。
④事業承継の合意
双方が条件に合意した場合、事業承継の方向で進行します。この段階で、具体的な事業承継のプランやタイムラインなどが確定され、事業の将来像についても具体的に議論されることとなります。
⑤デューデリジェンスの実施
合意後、買収やM&Aの際にはデューデリジェンスが行われます。このプロセスでは、企業や事業の真の価値や潜在的なリスクを明らかにするために、財務、税務、法務などの専門家が各分野の調査を実施します。これにより、事業の健全性や将来のリスクを評価し、適切な取引価格や条件を最終的に定めることが可能となります。
⑥成約に関する契約書の締結
デューデリジェンスの結果をもとに、双方が最終的に合意した条件で契約書が締結されます。この契約には、事業承継の詳細な条件や取引価格、将来の業務継続に関する取り決めなどが記載されます。契約書の締結をもって、事業承継のプロセスは基本的に完了となります。
このように、後継者人材バンクを利用する際は、一連の手順を経て、スムーズかつ適切な事業承継が実現されることを目指します。
後継者人材バンクのメリットやデメリット
後継者人材バンクのメリット
①社長様が直接引継ぎ先を選ぶことができる
事業の継承は、中小企業にとって、重要なステップの一つです。伝統や独自のビジネスモデルを持つ企業にとって、次世代のリーダーシップをどのように選ぶかは、その将来に大きく影響します。
親族への継承が一般的な中小企業でも、時には親族間での誤解や、経営への興味や才能が不一致であることがトラブルの原因となることも。そのような背景から、社長様が直接後継ぎを選べるシステムが求められています。
後継者人材バンクを利用することで、社長様は多様なバックグラウンドを持つ人材から、自社の経営方針や企業文化に合致した後継者を選ぶことができます。このプロセスを通じて、事業の継続性を保つだけでなく、新しい価値や視点を持ち込む可能性も広がります。
さらに、後継者人材バンクに登録されている候補者は、自らが経営の舵取りを望んでおり、経営に対する情熱や意欲が伺えます。これにより、社長様は自社の未来を信頼できる手に委ねることが可能となるのです。
②中小零細企業にとって利用しやすい
後継者人材バンクは、その構築からサービス提供に至るまで、中小零細企業のニーズを考慮したものとなっています。これは、多くの中小企業や個人事業主が事業承継の問題に直面している現状に応じたものです。
多くの中小企業や個人事業主は、資金や知識の面での制約から、民間のM&A仲介会社や大手金融機関のような大規模な機関へのアクセスが難しい場合があります。しかし、後継者人材バンクは、これらのハードルを低く設定しているため、利用しやすいという大きなメリットがあります。
さらに、後継者人材バンクは経営者の真の意向や希望をより深く理解し、それに合った後継者をマッチングすることに専念しています。そのため、中小零細企業の経営者は、自社の事業やビジョンを継続してくれる適切な後継者を見つけやすくなります。
このように、後継者人材バンクのサービスは、中小零細企業の環境や制約を考慮したものとなっており、経営者からすれば非常に利用しやすいサービスと言えるでしょう。
③公的支援機関が運営しているため安心
後継者人材バンクは公的な事業承継・引継ぎ支援センターによって運営されており、これが多くの経営者にとって大きな安心材料となっています。
私たちが考える一般的なM&A仲介会社や金融機関のサービスは、手数料や契約の義務など、さまざまなコストや条件が伴うことが多いです。そのため、特に初めて事業承継のプロセスに乗り出す経営者にとっては、これらの点が大きな負担や不安の要因となることも少なくありません。
しかし、後継者人材バンクは公的なサポートの下、経営者のニーズに応える形で運営されています。そのため、初回の相談や情報提供など、基本的なサービスは大抵無料で利用することができます。さらに、公的機関が背景にあるため、信頼性や透明性も確保されています。
経営者が事業承継に関するアドバイスやサポートを求める際、このような安心感は非常に価値があると言えるでしょう。
④地方の社長様も利用しやすい
後継者人材バンクの一大メリットとして、国内全域の幅広い地域にサービスが展開されていることが挙げられます。全国の47都道府県それぞれに配置された事業承継・引継ぎ支援センターがこのバンクの運営を担っているため、大都市圏だけでなく、地方の企業経営者も手軽にアクセスし、サービスを活用できます。
地方での経営においても後継者の確保は重要な課題となっており、こうした広範なサポート網が確立されていることは、多くの地域の経営者にとって安心感をもたらす要素となります。さらに、これらの支援センターが国の公的機関として設けられているため、そのサービスの信頼性や透明性も高まり、多くの経営者が気軽に利用することができるのです。
後継者人材バンクの懸念点・デメリット
①まだまだ知らない社長様が多い
後継者人材バンクの存在は多くの中小企業にとって有益なツールであるにも関わらず、その認知度は依然として低いのが現状です。
「中小企業白書」2018年版によれば、2016年の時点で後継者人材バンクや事業承継・引継ぎ支援センターの存在を知らない小規模事業者は77.1%に上っており、この数字は後継者人材バンクの認知度の低さを如実に示しています。
この低い認知度は、後継者人材バンクの機能を最大限に活用するための大きな障害となっている。登録者が増えることで、マッチングの精度や選択肢が増えるため、更なる認知度の向上が求められる時期に来ています。
案件の成約実績が少ない
後継者人材バンクのデメリットの一つとして、成約実績の少なさが挙げられます。
2014年にスタートした後継者人材バンク事業は、2020年までに全47都道府県にその設置が完了しました。この事業の意義や価値は計り知れませんが、2021年の成約実績を見ると、まだ十分な結果を出しているとは言えません。
独立行政法人中小企業基盤整備機構によるデータによれば、2021年の後継者人材バンクの成約実績は53件。前年度と比較すれば成約数は増加しているものの、登録者1,368に対する成約数としては小さい数字と言えます。さらに、累計での成約数も187件と、全体の登録者数5,617に対しては低い比率となっています。
知名度の問題もあるかとは思いますが、後継者人材バンクの目指す方向と現実のギャップは、これからの取り組みや改善策を求める声を高める要因となっています。
エリアによっては登録企業が少ない
後継者人材バンクのデメリットとして挙げられる一つに、エリアによっては登録企業が少ないという問題があります。
後継者人材バンクは、全国的なネットワークを持つ事業承継・引継ぎ支援センターによって運営されていますが、その普及が均一ではないため、地域によっては登録されている企業の数が限られていることがあります。特に地方地域や人口の少ない地域では、登録企業の数が少なくなる傾向があります。
このエリアごとの登録企業の少なさは、事業承継を考える売り手にとっては選択肢が限られる可能性を意味します。特に適切な引継ぎ先が見つからない場合、事業の継続が難しくなる可能性もあります。また、エリアによってはマッチングの精度が低くなることも考えられます。登録企業の数が少ないため、条件や要望に合う引継ぎ先を見つけることが難しくなる可能性があります。
このデメリットは、後継者人材バンクが普及し、登録企業数が増えるにつれて改善される可能性もあります。しかし、現状ではエリアによってはこの制約が存在することを考慮しなければなりません。
後継者人材バンクのお問合せについて
後継者人材バンクのお問合せは、最寄りの事業承継引継ぎセンターへご相談下さい。
ここでは、最寄りの事業承継・引継ぎセンターへのお問い合わせ方法を説明します。
① 公式ウェブサイトの利用
各都道府県の事業承継・引継ぎセンターは公式ウェブサイトを運営しており、そこからお問い合わせフォームや連絡先が提供されています。ウェブサイトを訪れて、必要な情報を入力して問い合わせを行うことができます。
② 電話での問い合わせ
最寄りの事業承継・引継ぎセンターの連絡先は公式ウェブサイトや地域の情報誌、自治体の広報などで確認できます。電話で直接問い合わせる方法もあります。事業承継・引継ぎに関する疑問や相談内容を伝え、アドバイスやサポートを受けることができます。
③ セミナーやイベントの参加
事業承継・引継ぎセンターは定期的にセミナーやイベントを開催しています。これらのイベントに参加することで、直接担当者に質問や相談をする機会が得られます。また、セミナー内で事業承継・引継ぎ支援についての詳細情報も提供されることがあります。
④ 訪問して相談
センターが所在する場所に直接訪問して相談する方法もあります。担当者と面談し、具体的な状況や希望を伝えることで、最適なアドバイスや支援プランを受けることができます。
最寄りの事業承継・引継ぎセンターへのお問い合わせは、後継者人材バンクを活用するための重要な第一歩です。自身の事業や希望に合わせたアドバイスを受け、スムーズな事業承継を進めるために、遠慮せずに積極的に相談してみましょう。
事業承継引継ぎセンターで受けられるその他のサポート
事業承継・引継ぎ支援センターでは、後継者人材バンクに加えてさまざまなサービスが提供されています。これらのサービスは、事業承継を円滑に進めるための支援を目的としており、中小企業経営者や起業希望者に有益な情報やアドバイスを提供しています。以下にその概要を紹介します。
親族内承継・社内承継支援
従業員や親族など既に後継者が決まっている場合に、事業承継計画策定から各種手続きまでのサポートを行っています。特に、士業などに実務を依頼する場合には、手数料が発生することがあります。しかし、事業承継に関するアドバイスや情報提供は無料で受けることができます。
第三者承継支援
M&Aによる事業承継を目指す中小企業に対して、売却先の探しや提携M&A仲介会社の紹介などを行っています。M&A仲介会社に業務を依頼する場合には手数料が発生しますが、事業売却や提携を考えている経営者にとって有益な情報を提供しています。
経営者保証に関する支援
経営者が個人保証を行っている場合に、保証解除に向けた支援を行っています。ただし、保証解除の可否は金融機関の判断によるため、必ずしも保証解除が成功するわけではありません。しかし、適切な情報提供やアドバイスによって、経営者の個人保証解除に向けた一助となることが期待されます。
これらのサービスは、事業承継・引継ぎ支援センターが中小企業経営者や起業希望者のニーズに合わせて提供しているものであり、事業承継に関するさまざまな局面でのサポートが含まれています。また、多くのサービスが無料で提供されているため、経済的な負担を抑えつつ、事業承継を成功に導くための支援を受けることができます。
事業承継・引継ぎ支援センターについて解説した以下の記事もぜひご覧ください。
まとめ
事業承継・引継ぎ支援センターが提供する後継者人材バンクは、中小企業にとって重要なツールとなっています。まだ新しい制度でありながら、後継者不足に悩む企業にとっては心強い味方です。将来的には登録者が増えることが期待されています。
事業承継・引継ぎ支援センターは、後継者人材バンクを通じてM&Aによる事業承継にも支援を提供しており、後継者不足に悩む企業が積極的に活用すべきサービスと言えるでしょう。今後の展開に注目です。